
前回の5月27日には、こんなことを書いています。
淡々と過ぎていく日々にありがとう - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』
そしてこのノートを書き始めてから、12年が過ぎています。
毎日回続けてきたノートです。
Sol Cafe ノートの起源 - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』
この2-3か月で、特に変わったことはありません。
逆に言うと、それだけ、
健やかで心豊かな日々を送ることができているということでもあります。
それは、家族、仲間、子どもたちのおかげです。
先日、誕生日を迎え、Facebookの投稿には、多くの「いいね」をいただき、
お祝いのメッセージをいただきました。
私は、サードプレイスに出かけ、Facebookをやり始め、
「本当の人生」を生き始めてから、ご縁の大切さを感じました。
だから、Facebookでつながった人たちのことは、
「ご縁の宝物箱」に記録して、忘れないようにしています。
一時期、会う人みんなとFacebookでつながっていたように思いますが、
ここ何年も、新しい友達は作っていません。
でも、別の形でつながっています。
なので、Facebookの友だちは過去の遺産のようなもので、
ほとんど会っていない方ばかりですが、
そのご縁は、今後どうなっていくかわからないと思います。
だから、一度できたご縁は大切にしたいと思います。
私は、今日も多くの子どもたちと一緒にいました。
放課後子ども教室に来ている子どもたちは、
来ることが楽しいから来ているのだと思います。
私たちスタッフは、子どもたちと過ごすのが楽しいから来ています。
それは言ってしまえば、「余白の時間」だと思います。
今読んでいる本に、この言葉がありました。
その余白の時間は、違う意味だと思いますが、
私がいま感じているこてゃこんなことです。
子どもたちは、今が「空白」だから来ているのでしょう。
私たち大人も、「空白」の時間があるから、来ているのです。
でも、そこに行くと生身の人間たちがいます。
スマホは誰も持っていません。
完全にリアルでアナログな時間です。
そういう状態で、人間が集まると、そこに「空白」でないものが生まれます。
「遊び場」という安心できる「空間」が、そこにあると、
一人で遊ぶ子もいれば、人とのかかわりの中で遊ぶ子もいます。
その場にいれば、いろんな場面で、状況は変化していきます。
だから、そこは「空白」ではなく、とっても有機的です。
でも、そこは、詰め込まれていないので、自由があります。
それは「余白がいっぱいある」と言えるでしょう。
子どもも大人も「余白」があるからこそ楽しめるのではないかと思います。
それは、健やかで、心豊かな空間です。