
『思いどおりなんて育たない』(アリソン・ゴブニック著 森北出版)は、
もう1か月以上前に読んだ本で、いくつかのメモが残っています。
時間が開いたので、どう向き合ったらいいのかを考えながら書き始めました。
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親が子を育てる目的とは何なのだろうか。
子どもの世話はきつくて骨が折れるが、たいていの人が深い満足を感じてもいる。
それはなぜなのだろうか。
特に今日の中産階級の父母からよく聞く答えが、
"ペアレンティング”というものである。
ペアレンティング(親をする)は、目的に向かって行う行動_
つまりそれは仕事であり、ある種の職業なのだ。
その目的は、自分の子どもを何とかして、
よりよい大人、より幸せな大人、より成功する大人に育てることだ。
何と比べてより良いのかといえば、違う育て方をしたときよりも、
あるいは(大きな声では言えないが)、となりの数の子どもよりもという意味だ。
きちんとしたペアレンティングを行えば、きちんとした子どもが育ち、
きちんとした大人となるはずだ。
私たちは、もっとうまく誰かを愛したいと望むことはあっても、
愛を仕事とはあまり考えない。
よい妻になれるように努力するとか、
よい友人やよい子どもでいることは大切だと考えることはある。
けれども、夫の性格が結婚してからよくなったかどうかという尺度で
結婚を評価しようとはしない。
私は昔ながらの友人との友情を、初めて会ったときより相手が幸福か、
あるいは成功しているかどうかで評価することはない。
むしろ、苦しんでいるときにこそ友情の真価が問われる。
ところがペアレンティングには、なぜかそれが当てはまらない。
親としての質は、育てた子どもによって判断できる。
さらには判断すべきであるという考え方をとる。
親であること、特に幼児の親であることが苦労の多い仕事であるとすれば、
そこには大いなる愛があるはずだ。
ほとんどの人にとってはそうだろう。
私たちが子どもに感じる愛、そして子どもが親に感じる愛は、
無条件であると同時に親密で精神的に深く、感覚にじかに訴えるものだ。
親にとって何よりのご褒美は、子どもの成績やトロフィーではない。
自分の子どもと一緒にいる、そのときに体と心が感じる喜び、
そして、子どもがあなたと一緒に喜んでいることだ。
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私たちは、子どもに探索の場
_文字通りの意味でも比喩としての意味でも_を与えられる。
ペアレンティングが注目されるにつれて、通りや公園、地区コミュニティ、
休み時間すら減少していった。
ペアレンティング以前の世界では、幼児は自分が育つ環境
_村、農家、作業場、台所_を探索できた。
現在の中産階級のアメリカの子どもたちは高度に組織化された環境で、
大半の時間を過ごしている。
貧しい子の環境は、さらに狭いところに制限されている。
皮肉なことに、
創造性とイノベーションの価値がどんどん高まっているこの社会で、
私たちが子どもに与えられる自由に探索する機会はどんどん減っている。
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これを読んで思うことは、親としての本来のBeingが、
手法としてのDoingによって、歪められてしまったのか?
ということです。
ペアレントとは文字通り親であり、親である状態をいうのだから、
そこに、良い悪いはないはずだということ。
さらに言えば、そこには、親と子の生身の関係がある。
しかし、ペアレンティングという動詞になると、
よりよい親になる手法という感覚になります。
よりよい大人、より幸せな大人、より成功する大人、
きちんとした大人とは何でしょう?
よりよくなったかどうかは、どうやって判断できるのでしょう?
ペアレンティングとは、子どもを親の作品として、
より高品質なものを作るための手法なのでしょうか?
ペアレンティングというのは、たぶんアメリカでできたものでしょうが、
日本では、ちょっと意味合いが違っているのではないかということです。
それは、調べてみると、こんな感じで、
ペアレンティング・トレーニングとして紹介されているからです。
子育ての行き詰まりを救う「ペアレンティング・トレーニング」を小児脳科学者が薦める理由 - コクリコ|講談社
こちらについては、成田奈緒子さんの本を読んでから、
改めて触れたいと思います。
もう一つ引用します。
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子どもの世話をすることは、人間の行動の中でも、絶対的な意味で、
基本的で奥深い価値を持つ。
けれどもそれは、木工のような決まった形の大人をつくるためのものではない。
親になるということは、庭づくりに似ている。
たいせつなのは、豊かで安定している安全な環境を整えて、
いくつもの違う花が咲くようにすることだ。
子どもたち自身が様々な思いもよらぬ将来を生み出せるような、
強くて柔軟な生態系をつくることである。
それは特定の親と子の特別な人間同士の関係、
献身的で無条件の愛情の話でもある。
ペアレンティングの考え方は、子どもが成長して大人になったときの価値で、
子どもを世話することの価値を測れるというものだ。
しかし、私たちは、
子どもの世話の価値を他の価値に転換しようとするのではなく、
ただ親と子の関係は唯一無二のものだと考えるべきなのだ。
そのような関係は、科学者が言うように本質的なものであり、
何かの役に立つから価値があるというわけではない。
子どもの世話は、それ自体がよいことなのだ。
将来、それで何かほかのよいことが起こるからだけではない。
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昨日から、夏休みの後半(24分の10日)が始まって、2日が過ぎました。
引き続き、多いと言えるくらいの子どもたちがやってきて、
半日ないしは丸1日、散々遊んで帰って行きます。
だからこそ、
「自分の子どもと一緒にいる、そのときに体と心が感じる喜び」
「子どもの世話は。それ自体がよいことなのだ」
この言葉が、よくわかります。