Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』

「ここいまタウン」への歩み

【学びの時間・感じる時間】あるご縁をいただきました

私は、ご縁を軽視した人生を長く送ってきたと感じています。

しかし、遅ればせながらそれに気づき、いまは違うとはっきり言えます。

人生の転換点は、50歳を超えた2008年にありました。

それは、「感謝」に気づいたときでもありました。

その後、カナダへの赴任を終えて、

2012年に「会社人」から「社会人」への歩みを始め、

2017年の定年退職前に、このブログを始めました。

 

そもそも、私が「社会人」になろうと思ったのは、

このまま「会社人」で会社を終われば、

その後は、人とつながらない人生になると気づいたからです。

会社のなかの人的つながりは、

会社を辞めた途端になくなると思っていましたが、

実際にその通りになりました。

一部の人たちと、しばらくゴルフに行ったりしましたが、

ゴルフもやめて、

いまは細々年賀状のやりとりがある方がいるにとどまっています。

その年賀状も、年賀状じまいの人も増えてきました。

それは、私の側の問題でしょう。

残念ながら、仕事の付き合いだけだった人たちと、

引き続きコンタクトを続けていきたいという気にはなれないので、

こちらからのコンタクトはしていないからです。

そのことが、ご縁を感じる気持ちがなかった顛末かもしれません。

 

なぜか?

自分は自分の本当の人生を生きてきたのではないかもしれない、

そう感じるからこそ、還暦後の人生こそ、

自分の「本当の人生」だと思っているのです。

そうはいっても、それまでの人生が無駄だったわけではありません。

それがあったからこそ、いまがあるのです。

いまたまたま読んでいる本に、この言葉がありました。

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『考える。生きるために、考える。』(養老孟司著 リベラル文庫)より

日本社会、つまり世間が歴史を消すという暗黙の原則をもっていることは、

たぶん間違いない。

その典型は、明治になると、江戸は封建の世、

封建制度は親の仇といったことである。

もちろんそう述べたのは、福沢諭吉である。

東京大学医学部のお雇い教師だったベルツは、

日記のなかの話で、学生に昔のことを質問したところ、

それはもう古い世の中の話で、われわれは新しい世の中をつくるのだからと、

はかばかしい返事がもらえなかったことを記している。

ベルツは、この国はいいものも悪いものも一緒に全部捨ててしまうつもりか

と慨嘆している。

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これまでの人生に「感謝」を忘れてはいけないのです。

 

「会社人」の最後の8年間は、「本当の人生」への助走期間でした。

ご縁でFacebookを始め、このブログも始めました。

最初の投稿がこれです。

ブログを始めるに当たって - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』

 

この翌日から、「自分の人生を語る」を5回書いています。

その後、自分の「社会人としての歩み」の棚卸を書いたブログがあります。

そのリンクはこちらに貼っています。

「ここいまタウン」をつくろう! - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』

定年退職までに、よくここまで意欲的に動いてこれたものだなと感じます。

その過程でご縁のできた「ドリームマップ」はいまも続けていますが、

その中で、ここに書いた自分の「夢」も生まれてきました。

 

それらのご縁を大事にしたいと思いますが、

いまは、夢に向かっていると感じられる地域の活動に重点を置いているので、

その頃接した方々とは、お会いすることもなくなっています。

ただ、Facebookを頼りに、ご縁は大切にしようと思っています。

 

先日この本を読みました。

 

この著者の釣島平三郎さんは、もと会社の上司です。

もう40年以上も前のことです。

私が香港に行く前なので、ほんの1-2年の間です。

1年ほど前に、Facebookで見つけていただき、いまに至っています。

覚えていただけていたのです。

たまたま年末に、Facebookで本を出版したという投稿を見て、

カーリルで調べてみると何冊も出版されていました。

まず1冊読んでみようと思い選んだのがこの本です。

 

ミノルタカメラという会社に入社して、事務機部門に配属されてすぐのころ、

釣島さんは、アメリカから帰られて、私の上司となられました。

正直、釣島さんのことはよく覚えていません。

覚えているのは、釣島さんと豊川の事業所に出張し、

香港から来たサービスマネージャーと一緒に新幹線で大阪まで帰ったこと、

町田の東京研究所に小田急のロマンスカーで出張したことくらいです。

当時、私のことを認めていただいていたことも、しっかり覚えています。

しかし、著書を拝読して、

釣島さんのごく表面上のお顔しか拝見していなかったと思いました。

 

本が手元に来た時に、

「ご縁」というテーマでどうしてこれだけ分厚い本が書けるのか?

という驚きがありました。

そして、プロフィールを見てまた驚きました。

正直、当時は釣島さんのこと、軽く見ていた気がしますが、

仰ぎ見るような経歴と本の内容に表れた実績をお持ちお方だったからです。

博識、博学、文才をお持ちで、ご縁を実践されている方でした。

そういえば、当時、会社の仕事より、

他に興味のあることをお持ちなのかも?という感じはありました。

 

【学びの散歩道】子どもたちの将来は大丈夫なのだろうか?(108) 思春期の価値観 - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』

釣島さんは、ここに書いた

「興味や好奇心を大切にしたい」の価値観を大事にされた方だと思います。

だから、若いころから3rd Placeを大事にされ、ご縁を紡ぎ、

積み重ねてこられた方だと思われます。

 

本からメモしたものを書き出してみます。

 

著者の大学の先輩でありアメリカでのビジネスの知人 上田和男氏の言葉

ご縁とネットワーキングの違いについて

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彼ら(インド・中国・ユダヤ・英米の商人)は、自分中心で、

70対30とか60代40が基本で、相手に譲ることはあまり考えません。

せいぜい、Win-Winと50対50の関係で、

ご縁のように10対90で損して接する関係や、

0対100のような無私精神で行動することは、あまりみたことがありません。

自分本位で、俺が俺がと言って、相手に勝つことばかり考えており、

相手のことをあまり考慮していません。

 

ご縁は和えものであり、いろいろなものを器に入れて混ぜ合わせる料理。

材料の一つ一つが強く自己主張しない。

人と人との関係はウェットで極端な場合は、自分を引っ込めることもある。

あるいは原形をとどめない、よく煮込んだスープとも考えられます。

一方で、ネットワーキングは、サラダ料理で、

個々の材料は同じ器のなかでも、独立して群れていない。

最後まで、自分の個性を引っ込めることはないのです。

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海外生活がそこそこ長い私としても、「ご縁」文化は日本独特だと思います。

ただ、「ご縁」は和え物であると考えると、時代が変わったいま、

とてもつらいことになりそうだと、私は思います。

「ご縁」は、没個性ではありません。

「自分」というものがあるからそこ、「ご縁」というものは生まれてきます。

だから、ご縁はサラダだと、私は思います。

多様性を受け入れるのが「ご縁」ではないでしょうか。

 

こんなものを見つけました。

アメリカが「人種のるつぼ」から「サラダボウル」に変わった理由 | ビジネス英語習得の本質

 

また、ご縁とは、生身のものだと思います。

しかし、スマホ時代になった今、特に若者は、

「ご縁」の大切さとは程遠い状況に置かれてしまったのではないか、

そんな危惧を持っています。

【学びの散歩道】子どもたちの将来は大丈夫なのだろうか?(84) 悲しい現実? - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』

 

もう一つ引用します。

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私は学生時代に仏教青年会に属していた関係で、禅を少しかじってきたので、

私の禅の師匠のNY老師をAさん(著者の友人の実業家)に紹介した。

彼はすっかり師に心酔し、毎朝早朝に自宅で坐禅と般若心経の写経をはじめ、

5,000枚もの写経を達成されてしまった。

また、若者の起業家の養成にも力を入れており、

2015年の実績でも国内外30か所以上の拠点で年間189回も講演している。

私から見れば仰ぎ見るような存在までレベルを上げている。

玄峰老師は、「70歳より80、80より90」と言われたが、

Aさんのように老年になるほど良いご縁を開拓されることが、

人生を幸せにする秘訣であると言えるだろう。

Aさんとは反対に、飛ぶ鳥を落とすような勢いだった人が、

晩年は不遇に見舞われて零落してしまったという人もいるが、

経済的には恵まれなくても、

ご縁の基本となる魂のレベルを上げてゆきたいものだ。

 

さて、玄峰老師の「70より80、80より90、90より死んでからだ」

という言葉にもどるが、

人が死んでしまえば、そこでご縁は終わってしまうのだろうか?

私は、「死んでから」とは、生前の本人の業績や人気や評判のことで、

生前重ねたご縁の成果のことだと思った。

具体的には、葬式の時に何人集まるか、そして「あの人にお世話になった」

「あの人はすばらしかった」などと言ってもらえるかといったことである。

しかし、もう少し深く考えてみると、人は死んでも、ご縁は終わりではなく、

後輩が先輩の仕事のやり方を無意識に注いでいたり、家での先祖伝来の作法が、

そのまま引き継がれていくことも多い。

このことは、その人の生存は終了しても、その人の存在はなくならず、

その存在のご縁も続いていくことなのだと思う。

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私自身、まだまだこれからだと思っています。

そのためには、ご縁の大切さを忘れてはいけないと感じています。

ご縁は、媒体がSNSだったとしても、

それを続けていけるのは、生身のつながりが大事だと思えるからです。

 

もう一つ、「ご縁」とは「感謝」なんです。

このブログを「ご縁」で検索すると、125個ヒットしました。

その一つがこれです。

SOLの「ご縁の宝物箱」 - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』

一時期、会った人とはFacebookでつながるということをしていましたが、

最近は一切していません。

それは、ご縁の深さを大切にするようになってきたからだと思います。

ご縁のある方とは、きっと、ご縁が深まる状況になると思うからです。

そのためには、自分の「いま」をしっかり生きることだと思っています。

 

書きながら、自分のいまを再検証していったので、

これまでで一番長いブログ(4,500字余り)となりました。

このブログへのアクセス数が月間1,000を超えるようになってきたのは、

昨年5月で、その後、1.200くらいになっていましたが、

1月は、1,450に達しました。

自分の想いだけで書いている自分の学びのブログが、

少なからぬ人に読んでもらえているわけです。

ありがたいという感謝とともに、

このご縁を大切にしていきたいと思っています。