これまでずっと、投票は欠かしたことはありません。
しかし、いつも思うのは、投票することに意味はあるのか?です。
この問いの答えは、永遠に出ないかもしれません。
国政は遠い感じがしますが、市議会議員の人は、
市民団体の活動に参加したり、顔の見える人がいて、
市民のために何かをしようとしていることはわかります。
今朝選挙に行くにあたって、選挙公報を見ました。

ここではあまり書きませんが、私個人の感覚では、
この人たちまともじゃないよね、超右翼だよね、
そんな政党や個人が複数立候補しています。
欧米では、移民排斥や右翼化した政党が得票を伸ばしていますが、
日本もそんな感じになってきているようです。
なんだかどの国も、自分たちさえよければという雰囲気が強くなっています。
これまでの競争社会の行きつく先のように思えます。
【学びの時間】怖ろしい時代(?)② されど人間の意味はある? - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』
私は、この前回のブログにも書いたように、
そんな振り子が振り切れるところに来ているのが「いま」だと思っているので、
小さな芽を大事にしたいという思いで、候補者と政党を選びました。
結果として、候補者の所属する政党と比例区の政党は違うことになりました。
選挙の行方は、今晩わかります。
その結果がどうなろうと、私の日常は変わりません。
昨日は、私の日常の大切な一つのi-ze(いーぜ)の集まりがありました。
ホームページやSNSについての勉強会です。

私自身は、ホームページを担当しています。
いまのホームページはペライチの無料版で、かなりの制約の中でやっています。
それを、より充実したものとしてリニューアルする予定で準備中です。
他に、Facebook、X、Instagram、LINE、そしてプラッツのプラNetなど、
役割分担してやっていますが、それらを充実させていけば、
i-ze(いーぜ)の活動の認知度が上がって、輪が広がっていくでしょう。
国政が、小さな芽を大切に育てる方向に進んでくれれば、
私たちの活動は、より着実に地に足をつけて進んで行くでしょう。
なぜなら、分かち合い、助け合い、共創の小さな芽は、
多くの人の心にあるからです。
そんな小さな活動が増えていけば、自ずと時代は変わっていくと思います。