さらに横道に逸れます。
「(80)将来のためにいまを失うと」を書いて思うのは、
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僕たち教員は、
「子どもたちが主体性を取り戻すためのリハビリ」が必要だと考え、
その結果、「生徒に押しつけのサービスをしない」ことを決めた。
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そんなことを考え行動する公立中学校が、
他にどこにあるのだろうということです。
基本的にやることは、「叱咤激励」か「排除」、
そして「諦め」ではないかと思うのです。
そういう学校にいる気力を失った子たちは、学校に行けなくなります。
人をこちらの意図通りに人を変えようとしても、
正論を押し通している限り、言い方を変えると、叱っている限り、
何も変わっていかないのです。
うまくいかないのに、相手を正そうとすることを、
何度くり返しても、結果は見えています。
それを表すアインシュタインの言葉があります。
【学びの時間】刷り込まれた価値観を考える① 正しさを再度考えてみる - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』
そして、先日の田坂広志さんの言葉です。
味わいことばノート 139 「人を育てる」とは - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』
うまくいかなかったら、自分を変えるしかないのです。
自分が育つことによって、人も育ちます。
すなわち、同じことをくり返すのではなく、
自らがやり方を変えるということです。
最近、それを実感することが身近で起こっています。
それを書く前に、この本の内容に触れてみます。

『<叱る依存>がとまらない』(村中直人著 紀伊国屋書店)より
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人はなぜ「叱る」のでしょうか?
それはやはり、誰かに「変わってほしい」と願うから。
我が子に、「勉強する習慣をつけてほしい」
「片付けができるようになってほしい」
部下に、「仕事で成果を出してほしい」「ミスをなくしてほしい」
「叱る」という行為を理解する第一歩は、
それが「他者を変えようとする手段」であると認識すること。
「叱る」という行為は、
叱る側が求める「あるべき姿」や「してほしいこと」を表現するための手段。
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「叱る」とはどういうことでしょうか?
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- (目下の者に対して)相手の良くない言動をとがめて、強い態度で責める(大辞林)
- (目下の者に対して)声をあらだてて欠点をとがめる、咎め戒める(三省堂)
本書における「叱る」の定義は、
言葉を用いてネガティブな感情体験(恐怖、不安、苦痛、悲しみなど)を
与えることで、相手の行動や認識の変化を引き起こし、
思うようにコントロールしようとする行為。
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「叱る」という行為は、どうしても攻撃的になりがちです。
どうしてでしょうか?
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それは叱られる側に起こる「ネガティブ感情の発生」が
「叱る」という行為にとって必須の要素だから。
ここでいう「ネガティブな感情」は、「苦痛」「恐怖」「不安」。
「叱る」を「叱る」たらしめている最大の要素は、
叱る側にあるのではなく、受けて側の感情体験にある。
もし、叱られる側のネガティブ感情を伴わないでよいのであれば、
「説明する」「説得する」などのほかの言葉で言い換えることが可能なので、
「叱る」でなくてもよいはず。
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「怒ってはダメだが、叱るは必要」とよく言われますが、...。
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この言説は、叱る側のことしか考えていない。
叱られる側に視点を移すと、怒られようと叱られようが、
強いネガティブ感情が生じる点で、大きな違いはない。
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ここに、人を変える、人をコントロールすることの難しさがあります。
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<叱る依存>への入り口は、叱られる側にあるのではなく、
叱る側のニーズである。
- うまくいかない現実に対するイライラ
- 低すぎる自己評価や他者への劣等感
- 多忙による慢性的な疲労や極度の体調不良
そんなとき、「叱られる人」が「叱る人」の目にとまる。
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だから叱るのです。
これはよくわかります。
一方では、叱らざるを得ない状況というものがあるのも体感しています。
それは、叱る側のニーズでしかないと言われると、
確かにそうかもしれないなと思うわけです。
“Insanity: doing the same thing over and over again and expecting different results.”
にならないようにしたいものです。
つづく。