【学びの時間】刷り込まれた価値観を考える② 被害者の視点か加害者の視点か

『反省させると犯罪者になります』(岡本茂樹著 新潮新書)を

読み進めていきます。

そのままの引用ではありませんが、

書かれている内容をほぼそのまま記載する場合は、常体で書いていきます。

 

著者は、こう表現しています。

  • 反省は「自分の内面と向き合う機会」を奪うことである

 

自分の過失で車の軽い接触事故を起こした著者自身のことなどを例にして、

「反省」と「後悔」の違いについて語っています。

悪いことをしたのだから、反省しなければいけないのだが、

最初に頭に浮かんでくる思いや感情は、たいていは「後悔」なのです。

 

例)誘いを断れず、大麻を吸ってしまった場合

  • なぜ、あのときはっきり断らなかったのだろう
  • バイト先の友だちと付き合わなければよかった
  • どうして大麻の袋を処分しておかなかったのだろう
  • これからどうなるのだろう
  • 親にバレたら、メチャメチャ叱られるだろうな
  • もしかしたら、刑務所行きかも

悪いことをしてバレたときの人間の心理は、反省とは程遠い。

 

<反省させる方法>

  • 著者が刑務所で支援を始めた頃、刑務所内で行われていた教育は「反省させる」方法だった。
  • 具体的にいうと、被害者遺族の悲痛な思いを訴えるビデオを受刑者に視聴させ、彼らに感想文を書かせるという方法。
  • 感想文には、「本当に申し訳ありませんでした」「二度と過ちを繰り返しません」といった画一的な内容で、心から謝罪している思いは、まったく伝わってこなかった。

 

<反省させない方法>

  • ある殺人を犯した受刑者は、被害者に対して否定的な感情を持っていて、こう言った。「あいつさえいなければ、自分はこんなところに来ることはなかった」
  • 著者はこういう課題提示をした。「被害者に対して謝罪するのではなく、手紙の形で自分の本当の気持ちを書いてください」
  • 文面には書き出しから、被害者に対する否定的な感情が書かれていたが、後半からの文面はこうなっていた。
  • 「思い切り言いたいことを書いてみて、はじめて私はとんでもないことをしたことに気づきました。理由はどうであれ、私があなたの命を奪ったことは事実です。私のしたことは、けっして許されることではないことに今頃になって気づきました」
  • 最後はこう結ばれていた。「何と言って謝っていいか分かりません。私はなんということをしたのだろう....。本当にごめんなさい。本当にごめんなさい」

その後、彼は幼少期に酒を飲んで暴力を振るった父親や

養育放棄した母親に対する否定的な感情を、手紙の形で数通書き、

誰にも話したことのない怒りや憎しみを吐き出して、気持ちを整理していった。

彼はみるみる変わった。

面接当初は厳しい顔つきだったのが、とても穏やかな表情になった。

 

<受刑者が立ち直るために>

  • 「被害者の視点を取り入れた教育」、すなわち被害者の心情を理解させる養育は、逆に受刑者の感情を抑圧させる。
  • 受刑者は例外なく、不遇な環境のなかで育っている。
  • 親からの虐待、両親の離婚、いじめの経験、貧困などなど。
  • 受刑者は、親あるいは養育者から「大切にされた経験」がほとんどない。
  • この意味において、彼らは「被害者」でもある。
  • 加害者である受刑者の心のなかにうっ積している「被害者性」に目を向ける必要がある。

そうであるからこそ、受刑者が「被害者の視点」を取り入れられる条件は、

「加害者の視点」から始めることである、と言える。

本音を語らないかぎり、受刑者は自分の内面と向き合うことはできない。

 

刑務所では、受刑者に対し、

被害者の視点に立った「反省させる」教育が行われていることに加え、

秩序を保つために、規則は厳しく、

受刑者は、押さえつけられる生活を強いられている。

そのため、感情を抑圧して、まじめに務めて刑期を終える。

しかし、社会に出ても、また犯罪を犯して戻ってくるケースが多い。

それは、彼らは、自分の内面に向き合うこともできず、

人とつながって生きる教育を受けていないから。

 

ここからは引用です。

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受刑者を支援するなかで、受刑者の心の問題は、

社会にいる私たちの心の問題とも無縁ではないことに気づきました。

(中略)

私たちが、日常的に行っている「しつけ」や「教育」が、

実は子どもや若者たちを犯罪者にしている側面があるのです。

現在、生きづらさを抱えている子どもや若者たちは少なくありません。

彼らに生きづらさをもたらす大きな要因の一つが、

日常的に行われている「反省させる」ことにあるのです。

だからこそ、子育てや教育のあり方を、

いまこそ根本的に考え直さないといけないのです。

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前回①の投稿にコメントをいただきました。

その場で返信した内容は、

このブログを書いた私の根底にあるものだと思ったので、

ここにも、記載したいと思いました。

 

私たちは、この「反省させる」という行動を繰り返しています。

そして、何も解決できないどころか、事態をより悪化させてしまっています。

そろそろ、「させる」ということの害に気づく時だと思います。

「させる」は、大人の感情から出てくるうっ憤のようなもののように思います。

「反省」はさせるものではなく、するものなんです。

本人の気持ちを大事にしてあげることことが、大事なんだと思います。

 

つづく

 

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写真には、特に意味はありませんが、

リンクしてシェアしたときに、写真があった方が見栄えがいいので、

散歩中に撮ったものを適当に貼っています。