『子どもの体験 学びと格差』(おおたとしまさ著 文春新書)
から、引き続き学びます。
----------------------------------------------
3つの「キー・コンピテンシー」 OECD「能力の定義と選択(DeSeCo)」
1.インタラクティブにツールを使う
・言語やシンボルやテキストをインタラクティブに使える力
・知識と情報をインタラクティブに使える力
・技術をインタラクティブに使える力
2.異質な者たちの集まりのなかでやりとりする
・他人と良好な関係を持てる力
・協力できる力
・対立に対処し解決できる力
3.自律的にふるまう
・大局観を持って行動できる力
・人生のプランや個人的なプロジェクトを形成し、実行できる力
・権利や利害やニーズを主張できる力
もともとコンピテンシー(競争優位性)とは、
成果をあげる人たちに共通する行動特性のようなもの。
勝ち組の行動特性をお手本にし、
OECDは、それをグローバルな基準にしようとしている。
しかし、彼らがうまくいっているのは、
彼らに絶対的な競争力があるのではなく、
彼らと似たような行動特性を持った人たちが、
歴史のなかで、たまたま支配層になり、まったく悪気なく、
自分たちがすごしやすいように社会の基盤を築いたから。
OECDは。経済に軸足を置いた国際機構であり、
労働力として高品質な(資本にとって都合のよい)人材を
育成しようとする性格がある。
===========================
こうしてできた社会は、多くの負け組を生み出し、
生きづらい世の中の仕組みとなってしまったといえるます。
私自身、グローバルにお仕事していた時代、
コンピテンシーという言葉に多く接し、
これ大事だよね、そうあるべきだよねって、ずっと思っていました。
いまにして思うと、息が詰まりそうですね。
次から次へと○○力を養わないといけないがくり返されると、
子どもが、「○○しなさい」といわれて良く使う言葉
「ムリ!」って言いたくなりますよね。
企業は、そんな人材を育成しようとしてきました。
人材育成の部門がある企業も多いです。
誰しも、企業に入ると、都合のいいように育成されてしまうんです。
世の中はいろんな能力を求めています。
それによって、子どもたちも、○○能力を養うためにということで、
教育を育成色と勘違いして、体験、体験と叫けんでいるのかもしれません。
そうして大人になると「人材」になるのです。
- 人を材料としかとらえない「人材」
- 人をコストとしかとらえない「人件費」
嫌な言葉ですね。
本に戻ります。
--------------------------------------------
私の辞書では、「教育」と「人材育成」は似て非なるもの。
- 木材:樹木を切り倒し、枝葉を切り落とし、皮を剝ぎ、成形したもの
- 食材:動物を殺し、血を抜き、皮を剥ぎ、食べやすく解体したもの
- 人材:人間を何らかの目的に合致する形につくり変えることが「人事育成」
=========================
「教育」とは、
--------------------------------------------
educationの語源がラテン語のeduce(引き出す)であった。
その人が持って生まれたものをありのままに引き出す営み。
それぞれの個性が思いもよらない形で花開くのを励ますように見守る営み。
==========================
私がカナダにいたとき、educationは、educe(引き出す)からきていると、
どこかで仕入れた知識で、伝えたことがあります。
教養のあるカナダ人幹部が、educeを知らなかったと言いました。
えっ! educeって、英語ではなかったんだ!?と思いました。
たしかに、英語でeduceを聞いたことは、いまだかつてないんですけど。
それは別として、教育とは引き出すこと、これはその通りでしょう。
もっと言えば、「引き出させる」はもってのほか、
「引き出す」でもおこがましい、
それぞれから、「湧き出す」状況をつくっていくといった方がよいでしょう。
そのために、必要なのは、子どもが子どもらしい「いま」を生きることです。
いろんなことを将来のために押しつけられて、
子どもは子ども時代の「いま」が生きにくくなっています。
それは、大人が「いま」を生きていないからではないかと思います。
先日こんなことを書きました。
【学びの時間】老若男女、みな「いま」が大事 - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』

写真に意味はありませんが、
リンクしてシェアしたときに、写真があった方が見栄えがいいので、
手元にあった写真を適当に貼っています。