
『考察する若者たち』(三宅香帆著 PHP新書)
この本のタイトルを見て、若者は「考察する」んだ、
若者のイメージが少し変わるかも、と思いながら読みました。
しかし、「考察」の意味が違っていたのでした。
「考察」の辞書的意味は、物事の表面的な現象だけではなく、
その背景や原因、仕組みなどを深く考えて理解しようとする行為を指す。
単なる感想や印象ではなく、論理的に筋道を立てて考えること。
しかし、ここで言う「考察」とは「正解を見つけようとする行為」なのです。
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この本の中の「考察」とは、
作者が作品に仕掛けたものとして謎を解こうとする行為。
物語を読む、観ることが、ただ味わうだけではない、
正解を解くゲームになりつつある。
それこそが「考察」が変化させた姿勢だ。
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それこには「報われたい」という思いがあるようです。
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商品に消費者の「報われポイント」とでもいうべきゴールが提示されていると、
ヒットしやすい。
例えば、
- 「考察」は制作人の提示する「正解」という「報われポイント」があるが、「批評」は正解がないので「報われポイント」がない。
- あるいは、「推し」は応援した分だけ報われる。しかし、「萌え」は報われることをも求めていなかった。
- そして「転生」には、転生後に身体が変わって報われやすくなっているが、「タイムリーブ」は何度やってもなかなかうまくいかない報われなさこそが醍醐味となっている。
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正直、わからない言葉がたくさん出てきます。
ググるほかありません。
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私は大学で非常勤講師を務めている。
そこでしばしば耳にする言葉がある。
- 「意味ないTikTokの動画とかめっちゃ見ちゃう」
- 「全然記憶に残らないのに、なんかショート動画見ちゃうんですよ」
若者世代はタイパに厳しいとか、行動の意味をやったら求めるとか、
本書でもここまで書いてきたわりに、TikTokについては寛容なのか⁉
とツッコミを入れたくなる。
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その通りだなと思います。
無為に時間を無駄にしていませんか。
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TikTokのユーザーのなかで、動画を投稿したことがある人の割合はたった5.1%。
Xで登校したことがある人の割合は83%。
(株式会社Utakata調査 2024年)
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見るだけで発信しない。
なんだか、とっても受動的ですね。
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『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン)で言われていることが正しければ、
TikTokで見ている「間断なく脳に刺激を送り続ける」大量の短尺動画は、
極めて記憶に残りづらい。
(中略)
なぜ、TikTokを見る人は増え続けているのか?
新しい情報を得るとドーパミンという報酬が放出されるからだ、
とハンセンは『スマホ脳』で解説する。
『スマホ脳』曰く、見返りを欲する報酬探索行動と、
情報を欲する情報探索行動は、脳内で密接しているという。
つまり、情報として記憶には残らないが、脳にとって報酬であり続ける。
それだけ聞くと、恐ろしい話だと背筋がぞわっとしてくる。
しかし、なんとなくわかる。
たしかにショート動画は記憶に残りづらい。
ただ刺激だけがある。
記憶には残らないけど刺激は得たい。
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ここで得ている刺激とは、娯楽と言えるのでしょうか?
少なくとも、無責任な状態に浸っている、とはいえそうです。
何にも身につかないけど、刺激だけはある、そんな日常に浸っている。
「恐ろしい話だと背筋がぞわっとしてく」というのが、よくわかります。
つづく