私は、毎日子どもたちと接しています。
子どもたちに聞いているわけではなくて、本人たちが言うのを拾っても、
英語の習い事をやっている子が何人もいます。
小学1年生でも習っています。
それを聞いていて残念だと思いました。
その子たちは、元気いっぱい、遊びます。
習い事は、そんな遊びの時間を奪ってしまいます。
さらに、習っているのが英語なんです。
いまやらなくても!
これが私の単純な感想です。
私は田舎育ちで、中学高校の英語しかやっていません。
申し訳ないけど、中高の英語の先生方の英語は、
とても、外国人に通じるものではなさそうでした。
そんな中高の英語の授業でした。
ただ、私は英語が好きだったと思います。
大学3年生から4年生(大阪だったので3回生から4回生)になる春休みに、
思い立って短期間のホームステイに行きました。
全行程2週間、最初にハワイに2泊ほどしたので、
カリフォルニアでのホームステイはほぼ1週間です。
そのときに思いました。
中高の英語だけで、コミュニケーションができるということを。
会社に入社後4年目に、香港の現法に出向になりますが、ここでも思いました。
香港人、すなわち中国人の英語は、うまくありません。
はっきり言うと下手なんです。
でも、気にせずしゃべるし、意味は分かります。
相手がこれだから、何とでもなる、そんな感じでした。
それからすると、うまくなくても、言いたいことが通じればいいし、
将来海外に行かないのだったら、英語できなくても何の問題もありません。
同時通訳なんて、プロ中のプロだし、ありえない能力だと思っていました。
しかし、その職業は、AIによってなくなる最前線の職業となっています。
まもなく、AIを介して、お互いの母国語で話しても、
瞬時に会話ができる時代になります。
英語ができた方がいい、それはそうですが、
これからは、英語ができなくても、不自由はなく、
できるからといって、特別に思われることもないでしょう。
英語ができるは手段であって、大事なのは、
相手から好感を持たれる人格の形成なんです。
英語ができると、英語で会話ができるは、また別ものです。
本人の土台がないと、英語どころか日本語でも会話できないでしょう。
そのためにこの上なく大切な遊びを犠牲にして、お金までかけて、
英語を学ぶなんて....!、そう思ってしまいます。
日本にいて、英語を学んだからといって、
英語で会話できるようになるとは思えません。
英語圏の国に行って、そこで生活し、英語の環境で育ち、
友だちと遊んでこそ、英語で不便なく会話できるようになるのです。
もし将来、英語が必要な環境に置かれる、あるいはそんな仕事を目指すのなら、
そこで自分の意志が芽生えて英語をやれば、問題なく何とでもなるでしょう。
そんな状況に置かれたときに、自らの意志で頑張れる人になる、
そのためには、子ども時代の遊び、好きに集中する経験が必要なんです。

写真に意味はありませんが、
リンクしてシェアしたときに、写真があった方が見栄えがいいので、
手元にあった写真を適当に貼っています。