『親ガチャの哲学』(戸谷洋志著 新潮新書)の最終章にこの言葉があります。
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自分の人生を自分で引き受ける。
それは実際のところ何を意味しているのでしょうか。
私たちは、この問題をハイデッガーの思想から検討し、
次のような手掛かりを得ました。
すなわち、私たちは、たとえ、
自分の意志でこの世に生まれてきたのではなく、
また、自分の望んだ状況に生まれたのではないのだとしても、
自分が自分であることは誰のせいにもできないのだから、
この人生は、自分に帰属させるしかない。
そして、そこに自分を引き受ける可能性がある、ということです。
ただし、この発想は、それだけではまだ不十分です。
なぜならそれは、結局のところ、
自己責任論に陥る可能性を秘めているからです。
そもそも、自分自身に向かい合うことができる人は、
最初から親ガチャ的厭世観に染まりはしないでしょう。
そうならざるを得ない人は、
自分自身に向かい合うための何らかの条件を傷つけられ、奪われているのです。
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では、どうすればいいのでしょうか?
著者はこう続けています。
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そうして条件として本書は、他者との連携をあげました。
「私」の声を、誰かが聴き、受け止めてくれる ―
そうした信頼を寄せることができるとき、はじめて、
人間は自分自身に向かい合えるようになります。
現代社会に欠けているのは、まさにこうした対話の可能性に他ならないのです。
そうである以上、親ガチャ的厭世観を乗り越えるために求められるのは、
なによりもまず、社会における対話の場の創出であるということになります。
それが、私たちがたどり着いた、一つの答えでした。
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その結論に至る思考の道程を示す、もう一つのエピソードがあります。
2016年「保育園落ちた日本死ね!!!」のブログです。
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なんだよ日本。
一億総活躍社会じゃねーのかよ。
昨日見事に保育園落ちたわ。
どうなんだよ私活躍できねーじゃねーか。
子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに、
日本は何が不満なんだ。
何が少子化だよクソ。
子供産んだはいいけど希望通りに保育園に預けるのはほぼ無理だからって
言ってて子供産むやつなんかいねーよ。
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言葉はいいとは言えませんが、これが現実なのです。
正直、こういうところが後回しにされてきたのが、
これまでの政治だと言っても過言ではないでしょう。
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投稿者の生きている世界には、
あたかも家庭と国家しか存在しないかのようです。
国家が助けてくれなかったら、誰も助けてくれない
ーそうした環境に、この投稿者は置かれているのです。
しかし、伝統的な日本社会には、家庭と国家の間に位置するコミュニティ、
中間共同体が存在しました。
いわゆる、地縁と呼ばれるコミュニティがそれに該当します。
(中略)
伝統的な地縁的コミュニティは解体しました。
しかも、偶発的ではなく、構造的に歴史の流れに従って解体したのです。
そうである以上、かつての地縁的コミュニティの復活を期待することは、
単なるノスタルジーにすぎません。
私たちは別の可能性を考える必要があります。
つまり、もともとは存在していなかった、
対話することを目的としたコミュニティを新たに創り出すのです。
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これを、政府に期待することはできません。
家庭と国家の中間にある存在、コミュニティを形成するのは、市民です。
個々人の想い、そのつながりと支え愛しか、世の中を変えることはできない、
私はそう思っています。
昨日は、給食の今年最後の日でした。
それにちなんで「給食に関するクイズ」を出しました。
後日、これにも触れようと思っていますが、その給食も、
国によるものではなく、民間の人々の想いと協力によって始まったのです。
自分の人生を自分で引き受けられない、そんな理不尽な世の中です。
それを認識し、自分にできることを焦らずにやっていく、
そういう人が増えてくると、世の中は変わります、きっと!
ここにつながります。
【学びの時間】ほんとうの「人新世」② 3.5%に加わる - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』

写真に意味はありませんが、
リンクしてシェアしたときに、写真があった方が見栄えがいいので、
手元にあった写真を適当に貼っています。