『人新世の資本論』(斎藤幸平著 集英社新書)より
味わいことばノート 191
経済学者ケネス・E・ボールディングはかつて
「指数関数的な成長が、有限な社会において永遠に続くと信じているのは、
正気を失っている人か、経済学者が、どちらかだ」と述べたとされる。
それから半世紀以上がたち、環境危機がこれほど深刻化しても、
まだ私たちは、ひたすら経済成長を追い求め、地球を破壊している。
経済学者的な思考は、それほど深く、日常に根づいてしまっているのだ。
私たちは「正気を失っている」のかもしれない。
味わいことばノート 192
作業の効率化によって、社会としての生産性は著しく上昇する。
だが、個々の人の生産能力は低下していく。
もはや現代の労働者は、かつての職人のように、
ひとりで完成品を作ることはできない。
テレビやパソコンを組み立てているのは、
テレビやパソコンがどうやって作動しているのかを知らない人々である。
いまや労働者たちは、
資本のもとで働くことでしか、自らの労働を表現できない。
こうして、自律性を奪われた労働者は、機械の付属品になっていく。
「構想」という主体的能力を失うのだ。
かたや、資本の支配力は、その分だけ増大する。
包摂を通じた労働過程の再編成を通じて、「資本の専制」が完成する。
現代の資本による包摂は、労働過程を超えてさまざまな領域へと拡大している。
その結果、生産力の発展にもかかわらず、
私たちは未来を「構想」することができない。
むしろ、より徹底した資本への従属を迫られるようになっていき、
資本の命令を「実行」するだけになる。

写真に意味はありませんが、
リンクしてシェアしたときに、写真があった方が見栄えがいいので、
手元にあった写真を適当に貼っています。