
『ネトウヨとパヨク』(物江潤著 新潮新書)を読みました。
まずは、いくつか引用します。
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<かつて紅白歌合戦に出場した某歌手の怒り>
福島県の複雑な事情を話したうえで、原発避難者だけでなく、
津波被災者や地元住民にも目を向けていただけるとありがたい
と言った旨を話した。
困っているのは原発避難者だけでなく、彼らを「優遇」すると、
結果として分断を深めてしまうから。
私としては丁寧にお話したつもりだったが、
そういう話をしたところ状況は一変。
穏やかだった瞳は鋭くなり、
「あなたは仮設住宅に行ったことがあるんですか」と
怒気すら含んだ反論を受けた。
何度も訪問したことを説明しても怒りは収まらない。
この方はテレビで盛んに報道される原発避難者の様子に心を痛め、
実際に行動して仮設住宅に足を運んだ結果、
どうしても歌声を避難者に届けたいという強い思いを持った様子。
かわいそうな避難者の姿を何度も目にし、そしてすくいたいと願った結果、
「原発避難者を支援する」という行為が、
この歌手の中では何よりも優先されるべきものとなってしまったのだろう。
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著者は、①事実 ②理由付け ③主張
この3つが、コミュニケーションには不可欠だと言います。
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① 2013年9月14日付け福島民友ニュースの「被災者間で”溝”あらわ」と大見出しをつけた原発避難者と津波被災者間の溝を取り上げた記事が示すように、
避難者間や避難者と地元住民間でトラブルが起きている。(事実)
② この溝を解消するために(理由付け)
③ 原発避難者だけでなく津波被災者や地元住民にも目を向けてほしい(主張)
この主張に反論するのであれば、③主張を拒否するのではなく、
①事実や②理由付けに異論を唱えるべき。
①事実について、
「一部の避難者同士に溝が見られるのは事実であるが、
文字通りごく一部に過ぎないのではないか」
②理由付けについては、「溝を解消するためという問題意識はわかるが、
そこから導き出される結論が漠然としすぎているのではないか」
こうした建設的な反論であれば、
「それでは改めて具体的なレベルに落とし込んだものを提示するので、
その際はぜひご協力いただきたい」
と応答することで対話による進展が望める。
主張を認めたうえで反論するという方法もある。
「その主張には同意する。
しかし、歌手の仕事は歌声を届けることであるため、
政治的社会的な問題に首を突っ込まないようにしている。
呼ばれた場所ならば基本的にどこででも歌う。」
しかし、この某歌手からは、
「避難者への支援は必要」「避難者を支援しなくてはならない」
という言葉以外のものは出てくることはなかった。
原発避難者と津波被災者の支援や支援金に大きな格差があり、
また避難者の横柄な振る舞いによりトラブルも事実。
「避難者は出て行け」という住民の感情も理解できる。
Twiter(X)で、①事実②理由付け③主張を記すことはほぼ無理である。
憶測で物事は歪められたまま広がっていく。
ネット空間には、ただ単に悪口を重ねるだけで結論を持たない人たちがいる。
安倍首相を下痢野郎と馬鹿にしたり、韓国人をひたすらコケにするばかりで、
何ら明確な主張をしない人たち。
こうしたメッセージには、何の主義主張も信念もなく、
ただ単に楽しいからやっているとしか言えない。
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そうして、ネット上の応酬は右翼化を深めていきます。
その右翼化を非難・否定するのが、パヨクだそうです。
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ネトウヨやパヨクの広い定義: 「対話不能な人」
少し狭い定義: 「強い政治的な主張を持つ、対話のできない人」
自分の主張を頑なに変えない一方、他者の影響力が皆無に等しかったため、
放っておけばよい人たちだった。
しかし、無力であったはずの彼らは、ネットの世界に入ったとたん、力を持つ。
主張に著しく説得力が欠けるという致命的欠点が補われるから。
それどころか、論理が皆無に等しい断言であるため、影響力を増すという、
奇妙な逆転現象が起きている。
また影響力が、中高生をはじめとした子どもたちに、どれほど強く働くか?
現在の学校現場では、
政治・宗教といったデリケートな話題はほとんど取り扱わないため、
政治・宗教について中高生は「真っ白な存在」であり、何色にでも染まる。
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そう、ネットの世界は、子どもたちの心の成長にも、
大きな影響を及ぼしつつあるのかもしれません。
しかし、いかんともしがたいように思えます。
つづく