
この本、とても興味のあるタイトルでしたが、冒頭から延々と、
「佐世保の小学6年生が同級生をカッターナイフで切り付けて殺すという事件」
を深堀りする内容が続きました。
それを読み続けるのは、少ししんどいと感じましたが、
最後まで読んでよかったです。
この本は、絶版のようですが、アマゾンでほぼ新品同様の本を、
安く買うことができてラッキーです。
たくさんメモを取りました。
ある意味同じことの繰り返しですが、根底にあるものが筋が通ているので、
すべてがなるほどというものでした。
一つ一つ、引用していきます。
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いまは、子どもたちが家庭や地域で働く姿を見ることはほとんどない。
多くの子どもたちが、親の保護のもとで、学校生活を送りながら、
底知れない商品市場に囲まれ、電子機器を使ったゲームに興じ、
ケータイやネットでのコミュニケーションを操り、またそれに操られている。
そして学校は、そこでどのような成績を上げるかで、
自分の将来を決めかねないシステムとしてある。
そんな気分のなかで、ある子どもたちは学校に加えて塾に通い、
進学に向けて勉強に追い立てられる。
またある子どもたちは、早々に勉強を放棄して、
身の回りに身近にある快楽に身を埋める。
しかし、いずれにもかつてのような生活のリアリティはない。
子どもたちだけではない。
おとなたちもまた、この時代の動きに引きずられてその生活を一変させてきた。
個々の職場に出て仕事をしながら、
稼いだ金をかかえて世界規模の膨大な商品市場にさらされ、
仕事でも遊びでもパソコンを手放せず、
ケータイやネットの世界を楽しみながら、それに翻弄されている。
かつてのように、生の現実につき合って生きている人は少ない。
そこには何かしら現実から浮いた不安がつきまとう。
なるほど時代の進展とともに、世の中は便利になった。
生活も楽になった。
しかし、そのことによって、私たちは何を得、何を失ったのか。
(中略)
昔、家庭は地域の中で役割を持ち、仕事を与えられ、
否応なく生の現実と接する機会を持ってきた子どもたちが、
この間に役割と仕事を失い、
もっぱらおとなたちから保護される存在として勉強に専念することを求められ、
あるいは遊びに専念することを求められ、
あるいは遊びに専念することを許されるようになった。
おとなになるまでのモラトリアムを与えられ、子どもたちは、
その期間を学校というシステムに囲い込まれ、消費市場のターゲットとして、
種々の欲望を煽られながら生きている。
気がかりなのは、このなかで子どもたちが、
何にどのようなリアリティを感じ取っているかである。
学校が公の制度として成立したのは、わが国の場合、130年余り前のことである。
(中略)
最初の100年近く、子どもたちの大半は、
まだ学校というシステムに囲い込まれてはいなかった。
立身出世を望んだごく一部の富裕層を別にすれば、
子どもたちにとって学校はせいぜいのところ、生活のサブでしかなく、
メインはあくまで家庭の仕事であり、地域の役割であった。
大半の親たちにとって大事なことは、子どもたちが地域の生活に根を下ろし、
そこで地道に安定した暮らしを維持していくこと、
そこからはみ出すことはむしろ、ひどく警戒されていた。
実際、子どもの学校での成績が妙によかったりすると、
教師から進学を勧められて、困惑した親が、
「百姓には学問はいらん!」
というような言葉を投げつけることが珍しくなかった。
学校の場に生活のリアリティはあっても、
学校制度に自分の人生を左右しかねないリアリティを感じていたものは
ごくわずかだった。
それが戦後の産業構造の変化、とりわけ高度経済成長の進展によって、
すっかり逆転した。
家庭や地域には子供に期待される仕事は役割がほとんどなくなって、
「勉強が子どもの仕事だ」などと言われる。
親の子どもへの期待は、よりよい高校からよりよい大学へと、
学校制度のはしごを高く上がることに集約され、経済的な余裕が生まれたぶん、
子どもの教育にかける費用はどんどん膨らんでいく。
そして、子どもたち自身がまた、高校入試や大学入試によって、
自分の人生が決まるかのような気分にのめり込んで、
学校の持つ制度的リアリティにさらされるようになる。
他方で、それまで現実の生活によって課せられていた仕事から解放され、
子どもたちをターゲットとする消費市場に巻き込まれていく。
こうして、おとなたちによってもっぱら保護され、勉強に専念する子ども、
また遊びに専念する子どもたちが大量に発生し、
わが国全土をおおうようになった。
これが、いまという時代である。
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『子どものリアリティ 学校のバーチャリティ』(浜田寿美男著 岩波書店)
は、2005年12月に出版されました。
もう20年も前です。
いまはもう、ケータイの時代からスマホの時代になり、
この本で語られていることは、よりその度合いを増してきていると感じます。