知って犯した罪と、知らずに犯した罪は、どちらが重い?
という弟子の問いに、お釈迦様はこう答えています。
「知らずに罪を犯すと、限度を超えて無慈悲に犯すから、その方が重い」
なるほどと思います。
「知る」とはなんでしょう?
「知る」とは、そんなに簡単なものではないのに、
自分は「知っている」と思い込んでいるとすれば恐ろしいことです。
それを「知ったかぶり」というのでしょう。
始末が悪いのは、「知ったかぶり」の人は、
自分が知っていないとは思っていないどころか、
自分が正しい、自分は正義だと思っているようなのです。
テレビを連日にぎわしている人のほとんどは、そんな感じがしますし、
ネット炎上に参加する人たちもそうなのでしょう。
このお釈迦様のお話は、
『あなたと子供が出会う本』長谷川由夫著に書かれていたものです。
著者はさらに、このように続けています。
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また、中国に「清官の書」という話がある。
貪官汚吏は自らやましいのであまりひどいことをしないが、
清官は自ら正しいとし、酷薄にとことんやるから、恐ろしい害をなすと。
「老残遊記」清の劉鉄雲著
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今時、清官はいるのか?となると、???だけど、
自分がそう思いこんでいる権力を握っている人は多くいそうです。
ただ、今時、まかり間違えば大変なことになってしまうような、
世界的リーダーの動きや国際情勢はありますが、
正直、畏怖ではなくお粗末という感覚は否めません。
特に国内はお粗末な感じですが、それによって、
国民が右往左往せざるを得ないのが現状でしょうか。
それだけに、恐ろしい時代であるとも言えるでしょう。
この知らないで犯す罪、私はもっと身近にあると思っています。
写真は、特に意味はありませんが、
リンクしてシェアしたときに、写真があった方が見栄えがいいので、
散歩中に撮った写真を適当に貼っています。