Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』

「ここいまタウン」への歩み

2泊3日の岩国と廿日市

1月のはじめに岩国に行って、グループホームの母に面会した後、

すぐに、4月の航空券とホテルを予約しておきました。

仕事がお休みになる4月の第1週は、貴重な時間だからです。

ところが、そのあと、1月には想像もしなかった状況になってしまいました。

その間に、2度も岩国・廿日市に行くことになるとは、

母の居場所が、グループホームではなく、病院になるとは...。

 

2日の午後岩国に着いたあと、ホテルに荷物を預け向かったのは、

義母のいる廿日市の高齢者施設です。

先月初めになくなった義父は生命保険に入っていて、

受取人が義母になっています。

しかし、88歳の認知症の受取人に何ができるでしょう?

娘であるわが妻が、生命保険会社と掛け合っても、

「ご本人様でないと」「ご本人様でないと」と繰り返されるばかりで、

埒があきません。

今回私が行くので、ミッションを帯びていきました。

義母は、認知症といっても、誰が誰かはわかるし、

その場で会話しても、十分話ができます。

ただ、すぐに、すべてすぐ忘れてしまいます。

 

そのため、話す内容を紙に書いたものを持って行って、

私が生保に電話をかけ、オペレーターにつなぐまでして、

義母に電話を渡しました。

証券番号、契約者の名前、受取人の名前が聞かれます。

それも、漢字を一文字ずつ言わされます。

前後ろの前、原っぱの原、.....

書類は、東京の娘に送ってほしいという依頼なので、

娘の名前、郵便番号、住所、電話番号を聞かれます。

なんとか、それをやり切りました。

 

娘が次回来るのは、夏休みでしばらく先です。

そのときには、下書きしたものを持って行って、

つきっきりで写させることをしないといけません。

何せ、自筆でないといけないのですから。

娘は、成年後見人になっています。

ネットでは、成年後見人が代理でできるとも書かれていますが、

それはかないませんでした。

今回のことで、生前にきちんと手続きをしていないと、

ほんとうに大変だということがわかりました。

 

生命保険があるから、あとに残された人は安心とは言えないのです。

そもそも、死んだあと、生命保険の存在も認知されていないかもしれないし、

受取人が、小難しい書類を理解し、書くというのは至難の業です。

善良な市民が泣き寝入りということになりかねません。

 

翌3日の午前中は、小さな榊を買い、ペットボトルに水を入れて、

墓参りに行きました。

先月のお彼岸に、誰かがお参りしてくれた形跡がありました。

年賀状のやりとりもなくなった親戚がお参りしてくれたのだろうと思います。

ただ、かなりの恒例なので、お墓の掃除まではいかなかったようです。

溜まった枯葉をおおざっぱですが片づけました。

このお墓も、墓じまいしないといけなくなりますが、

考えるのは先送りしています。

 

午後は、不便なところにある病院に入院している母に、

広島の妹と一緒に、面会に行きました。

私が岩国に着いた前日に、病院からの電話が妹のところにあったようです。

腹水が溜まってお腹が膨れ、パジャマのズボンが合わなくなっているので、

どうしますかというものでした。

病室に行くと、母の鼻には酸素吸入の管がついていました。

先生の話によると、想定をはるかに超えて腹水が増加しているようです。

薬をいろいろ処方しても、その効果はなく、

来週早々、機会的に腹水を抜く処置をとるということでした。

急に抜くとショック状態になるリスクがあるので、徐々に抜きます。

布団の上からもわかるほど、おなかのあたりが盛り上がっていました。

腹水が肺を圧迫して、呼吸が苦しくなっているので、

酸素吸入をしているとのことでした。

 

その日の母は、ほとんど目が明かず、終始呼吸が苦しそうでした。

耳元で話しても、ほとんど反応がありません。

かなり厳しい状況になってきました。

 

そして今日、再び廿日市に行きました。

東京で小さな仏壇を買い送っていたものを、セットしました。

 

そんな2泊3日でした。

今月のシフトを組んだときに、GW前にお休みを取れる状況だったので、

26-28日に航空券とホテルをすでに予約しています。

ただ、状況は予断を許さないことになってしまっています。

明後日以降新学期が始まり、とても磯がいい時期になっています。

ただ、急に抜けても、仕事が回る状態にしておかないといけない、

当面の課題は、そういうことになります。

 

母の病室から病院玄関のサクラが数本見えます。

この写真は、別の窓からのものですが、

満開のサクラをいまの母は見ることができません。