Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』

「ここいまタウン」への歩み

【学びの時間・感じる時間】現場は限界② 再び「これおかしくありませんか」

『老後ひとり難民』(沢村由著 幻冬舎新書)より、引き続き学びます。

 

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当事の「身元保証等高齢者サポート事業者」のなかでは、

大手だった公益法人日本ライフ協会は、

経営状態の悪化から、契約者がサービスを受けるために預けていた金銭のうち、

2億7000万円超を事業に流用していました。

そして、2016年7月、経営破綻から破産に至ったのです。

契約者がサービスを受けられなくなったことはもちろん、

預けていた金銭が返還されないという、

契約者にとって取り返しがつかないような大きな被害が発生しました。

 

この事件を受けて、内閣府の審議会である「消費者委員会」が調査した結果、

「身元保証等高齢者サポート事業」に監督省庁がなく、

実態把握が行われていないことが判明し。

厚労省と国交省に対応が求められることになったのです。

現在でも「身元保証等高齢者サポート」には、監督省庁がなく、

許認可や届け出が必要なビジネスでもありません。

そして、じつは、呼び方も一律ではありません。

本書では、「身元保証等高齢者サポート事業者」と記載していますが、

本書執筆中の2024年4月、これら事業者のあり方について、

初めて国からのガイドライン案が発表された際には、

「高齢者等終身サポート事業者」という名称が付されていました。

ちなみにこのガイドラインには、

内閣府孤独・孤立対策推進室、金融庁、消費者庁、法務省、

厚生労働省、経済産業省、国土交通省の連名で発表されています。

ずらりと並んだ官庁等の名前からも、

「身元保証等高齢者サポート事業」がかかわる領域が、

いかに広いかが分かります。

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末端の困りごとは、優先順位が最低レベルだということですね。

高齢者や孤独といった問題は、すでに差し迫ったものであり、

これからも、より深刻になっていく重要課題です。

どれだけ難しい問題であっても、やり方はいくらでもあるはずです。

この状況は、政府の本気度が感じられないなと思います。

 

一方、個人にも問題はありそうです。

自分の人生や健康なのに、なんだか、人ごとのように感じられます。

 

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「最後まで一人で問題なく暮らしたい」というのは多くの人の願いでしょう。

しかし、実際にはどこかで必ず何らかの問題が生じるものです。

高齢者の間では、「ピンピンコロリ」という言葉がよく使われます。

もともとは、寝たきりにならないよう運動をするために

使われるようになった言葉なのですが、

私は「ピンピンコロリ」は思考停止ワードだと思っています。

 

「自分はピンピンコロリで逝きたい、

死んだらそのあたりに骨をまいてくれたらいい」

と潔さを強調する人もいます。

ですが、「ピンピンコロリ」は選ぶことができないのです。

まして、医療の発達した今の時代では、そう簡単に死ぬことはできません。

だからこそ、「ピンピンコロリ」の話には意味がありません。

大切なのは「ピンピン」の部分、つまり「健康に過ごすこと」であり、

「コロリ」の部分は全く期待できないということを直視しなくてはなりません。

 

では、「コロリとは逝けない」とすると、

具体的に、どのようなことが起きうるでしょうか。

身寄りのない高齢者が自分の状況の危うさに気づくのは、多くの場合、

転倒して骨折したり、病気で倒れて病院に搬送されたりしたときです。

普段は、特に問題なく暮らしていても、こうした緊急事態に直面したとき、

はじめて「誰もサポートしてくれる人がいない」

「もう、ひとりではやっていけない」という現実を突き詰めるのです。

(中略)

いざ退院するとなったとき、筋力が落ちるなどして、

自宅の階段をのぼれなくなったら、どうなるのでしょうか?

身体の自由が利かなくなった状態で、

ひとりで生活環境を整えるのは至難の業です。

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このことは、今の義父であり母の状況を見ると、その通りだと思います。

転倒というと大げさですが、尻餅ついても骨折します。

骨折すると、回復できるまでずっと寝ています。

リハビリはするとしても、一気に体力は衰えます。

動けなくなると食べれなくなります。

ピンピンコロリなんて、まずありえません。

最後はどうなるかわからないながらも、できるだけ長く元気でいたいものです。

そのためには、自分で動くことができ、やりたいことがあり、

それが人の役に立っていると感じられることが大事です。

高齢者の幸せは、「ピンピンコロリ」ではなく、

ヒロさんのシニアを元気にというコンセプトでの活動の言葉

「ピンピンキラリ」が大事なんです。

 

ピンピンキラリした後、いよいよとなったときに、

助けてもらえるところがあればいいですが、

それも、ままならない現状があります。

 

「身体の自由が利かなくなった状態で、

ひとりで生活環境を整えるのは至難の業です」

と引用文には書かれていました。

幸いにも、義父や母は、一人ではありません。

しかし、事はそう簡単ではないのです。

 

母のケースでいえば、認知症なので、グループホームにいました。

そこはとっても面倒見がいいところで、費用も高くはなくて、

とても助かっていました。

そこは、それなりの条件つきですが、

入所する際に、看取りまでしますといわれました。

しかし、母は急に食べられなくなり、液体で栄養補給を何とかしても、

やせて体力がなくなりました。

その液体を母に飲ませるのも一苦労です。

体力ななくなるので、トイレで自分で立つことができなくなり、

職員が2人がかりで用を足すようになっています。

それで、施設を出ないといけないようになったのです。

 

入院した先で、施設のかかりつけの医者の見立てがどうも違っていたようで、

持ち直す可能性も出ていますが、今後はどうなるか予断を許しません。

 

かつて、身動きできなくなっても、訪問看護師を入れて、

看取りしたこともあるようですが、いまはもうできないと言われました。

それは、ひとえにもふたえにも、人手不足なのです。

人手が十分であれば、看取りもできるということですが、現状無理なんです。

 

日本全国いたるところで、あらゆる職種に人手不足は発生しています。

人手が足らないということは、現職に過剰な負荷がかかります。

それが、見まがうことのない日本の現状なんです。

 

責任ある財政出動をしたら、大企業は儲かるかもしれません。

しかし、このような介護の現場には、何も起きません。

置いてけぼりになって、より苦しくなる一方です。

それによって、利用者はさらに苦しむことになるのです。

格差は広がる一方です。

これおかしくありませんか。

 

写真に意味はありませんが、

リンクしてシェアしたときに、写真があった方が見栄えがいいので、

手元にあった写真を適当に貼っています。