
『私はがんで死にたい』(小野寺時夫著 幻冬舎新書)を
私の年代の多くの人に読んでほしいと思います。
これまで、健康や病気についてのこと、そしてがんについてのことを、
たくさん書いてきました。
結論的には、自分の死をどう考えるかということだと思います。
私自身は、健診を受けず、変な数値に惑わされていないので、
自分は健康だと思っていて、死はまだ先だと思っているので、
死生観というものはありません。
がんになったら、ガンになったとき考えればいいと思っています。
だから、いくつもの本を読みながらこうして学んでいます。
寝たきりになりたくない、延命治療はいらない、
医者に頼りたくない、そんな気持ちはあります。
なぜなら、医療の常識はころころ変わります。
しかし、医者のマインドや治療のしかたはそう簡単には変わりません。
そんな医者に、自分の命を委ねたいとは思えないのです。
そのためにはどうしたらいいのでしょう。
いまを、しっかり楽しむこと、これ以外にないというのが私の考えです、
この本からの引用です。
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やりすぎのがん治療が患者さんに苦痛を与えるだけでなく、
時には余命さえ縮めてしまうことは、医療者の間では常識です。
しかし、がんの患者さんの多くは、最後まで治療にすがりつこうとする。
それは患者さんが、「治療=よいこと」と思っているからです。
医療者は、「治療=やりすぎると恐ろしい」と知っているので、
がんになっても最後まで治療を求めない人が多いのです。
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「がんで死ぬときに苦しみたくない」と誰もが言います。
私も同じです。
一人ひとり死に至る経過は違いますが、苦痛が少なく安らかに死を迎えるには、
次の3つの心がけが大切です。
- 高度進行がんの場合は、治療を受けすぎないこと
- 痛みなどの身体的苦痛を我慢せず、医療スタッフに正直に何度も訴えて、痛みを十分とってもらうこと
- 最期が迫っていることを受け入れること。そうでないと精神的苦痛や不穏が最後まで続きます。
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死に至るプロセスは、人によって大きく異なります。
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穏やかな表情で亡くなる方は、例えば次のような人です。
- 75歳以上の高齢になり、自分の人生は悪くなかったと思っている人。
- 職種、金、名誉、権力とは関係なく、やりがいと感じながら精一杯生きている人。
- 子・孫が大勢いる人。
- 奉仕活動を懸命にしてきた人。
- 死後に家族のことで心配のない人。
- 家族の愛情に包まれている人。
死に顔に不穏、悲しみ、無念さを感じるのは、例えば次のような人たちです。
- 本人や家族がつらい病気の連続だった人。
- 懸命に生きてきたのに、仕事上で不運の連続だった人。
- 成長期の子どもたちを残して亡くなる親。
- 独身で通した男性(比較的多い)。
- 家族関係に大きな問題のある人。
- ギャンブルで破産し、家族にも見放され、借金取りに怯えながら亡くなる人。
末期に身体的に苦しみ続けた人は、苦痛が顔に染みついているように思えます。
- 手術や抗がん剤治療を受けすぎた人。
- 痛みや呼吸苦などの緩和が十分でなく、苦しみ続けた人。
- 点滴輸液や胃ろうによる延命治療を長期間受けた人。
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どう死ぬかは、結局、いまをどう生きるかにかかっている。
私は、そう思って、日々を生きています。