Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』

「ここいまタウン」への歩み

【学びの散歩道】子どもたちの将来は大丈夫なのだろうか?(157) 人権のない国(?)ニッポン⑤ 子どもを子ども扱いする国

『子ども若者抑圧社会 日本』(室橋裕貴著 光文社新書)

からの最後の学びです。

 

若者の意見が政治に反映されない一つの根拠として書かれていたのは、

こんなことでした。

引用ではなく要約です。

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世界では、選挙権が16歳から、被選挙権は18歳からというのが主流。

日本では、選挙権は18歳に引き下げられたものの、

被選挙権は、衆議院が25歳から、参議院が30歳からと高止まりしている。

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日本では、子どもは幼稚だというのが一般的な見方です。

それは、子ども扱いして育てるからではないでしょうか。

中高生に対して、経済や政治の話をしてもわからないと決めつけているから、

学校ではほとんど教えないのでしょう。

しかし、子どもを一人の人格として接し、育てると、

侮れない存在なのが10代の子どもたちです。

 

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日本の文科省や政治家が懸念しているように、

教員が特定のイデオロギーに「誘導」することはあり得るかもしれない。

そうした懸念がないのか、ドイツの高校の校長先生に聞いたところ、

「校長先生が答える前に」、

いっしょにインタビューに答えていた生徒が手を挙げて、

次のように答えたことが強く印象に残っている。

「先生が特定の方向(思想)に誘導しようとしたら、

他の先生や親に相談するし、自分たちで判断できる」

逆に言えば、

日本は「生徒は自分で判断できないから、意見が分かれるものは遠ざけよう

という考えが根底にあるからこそ、なるべく現実的な事象を避け、

特定の政治的な意見には触れないようにしている。

これこそ典型的なパターナリズムである。

こうした政治教育の現場でも、子どもへの信頼の有無が、

その成果を大きく分けている。

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最終的には、子どもにも権利はあるのに、

大人の意識がそうはなっていない、そこに戻ってきます。

 

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しかし、子どもの権利が守られないからこそ、

日本では、子どもをめぐる環境が深刻化しているのが実態である。

2022年度、児童や生徒は、初めて500人を超え(2024年 537人)、

小中学生の不登校は29万人以上(2023年度は346.482人)と

いずれも過去最多となっている。

 

さらに、2020年にユニセフが実施した調査によると、

日本の「子どもの幸福度」は、38か国中、

身体的健康は1位(子どもの死亡率、過体重、肥満の子どもの割合)

にもかかわらず、

精神的幸福度は37位(生活満足度が高い子どもの割合、自殺率)となっている。

 

こうした実態は、子どもの個性を尊重しない、

画一的な義務教育に対する子どもの悲鳴であり、

息苦しさを表していると言えよう。

みんなが同じペースで同じことを学ぶのではなく、

こども主体のカリキュラムに変更するなど、

子どもの権利を軸に教育体制を見直す必要がある。

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大人が一方的に決めたルールを守り、異議申し立てもしない子、

すなわち、大人にとって都合のよい子を、

「よい子」として教育してきました。

その結果、言われたことに疑問も持たずに、

それをひたすらやろうとして、自分を追い込む大人が育つことになります。

 

『疲労とはなにか すべてはウイルスが知っていた』

(近藤一博著 ブルーバックス)に、このようなことが書かれています。

 

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疲労についての研究は、日本が世界で最も進んでいる。

その証拠に、「過労死」は英語でも"Karoshi"のままで通用する、

という話が過労に関する本にはよく書かれています。

これは本当の話なのですが、だからといって、

決して日本の疲労研究が非常に進歩しているというわけではありません。

世界の疲労研究が、とても遅れているのです。

その原因は、欧米では、「疲労」のとらえ方が、

日本とは根本的に違うことにあります。

 

日本では、いわゆる “ブラック企業” で休みなく働いて、

その結果として過労死するということが日常的に起こっています。

疲れているのに無理をして働いている人が病気になったり、

過労死したりするのを防ぐことは、とても重要な問題だと考えられています。

 

ところがが欧米では、まず「疲れているのに頑張って働く」ことは、

よいことだと思われていません。

効率の悪い、愚かな行為だと思われているのです。

そのため、欧米の人は疲れているのに無理をして働いている人は、

「自己管理のできないだらしない人」だと解釈されます。

日本で「頑張っている誠実な人」だと解釈されているのとは大違いです。

だから欧米では、疲労の問題は「自己管理」や「労働管理」の問題とされ、

医学的には重要視されてきませんでした。

これが世界的に疲労の研究が遅れている理由です。

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子どもに人権を認めない形で育てると、

自分には義務はあるけど、権利はないと無意識に思っている、

あるいは権利を主張してはいけないと思っている大人になってしまいます。

 

いまの日本を見ていてもわかります。

いま起こっていることは、「仕方がないこと」とあきらめて、

それを軽減することに、血道をあげていると思えて仕方がありません。

「疲労」についても、いかに「疲労」を軽減するかばかりを考えます。

しかし、それでは問題は解決しません。

どうしたら、過重な「疲労」が起こらないようにするか、

そこを徹底的に追求・追及することはあまりしません。

それは、自分で考え、これが大事だということを、

批判を受けてもやり切る力が必要だからです。

 

この後読んだ本には、されに衝撃的なことが書かれていました。

人権、特に子どもの人権があまりにもなさすぎる、

子ども扱いはもうやめようよ、というのが、私の想いであるだけに、

この「人権のない国(?)ニッポン」は、もうしばらく続けていきます。

 

写真に意味はありませんが、

リンクしてシェアしたときに、写真があった方が見栄えがいいので、

手元にあった写真を適当に貼っています。