「幸せ」と「いのちが喜ぶこと」を考える ー 弾力性のあるコミュニティ

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この本には、なるほど!ということがたくさん詰まっています。

それらは、書き留めてありますが、

後でまた振り返って、考えていきたいと思います。

 

まずは、いちばん響いたことを書きます。

「幸せを感じること」それは、とても大切なことです。

しかし、それってどういうことなのか?

自殺率の極めて低い徳島県の海部町の特性には、

それを示唆する大切な要素があります。

 

アンケート調査によって得られた結果として、

  • 海部町は、「幸せである」と感じている人の比率が、近隣3町で最も低い。
  • 「不幸せ」と感じている人の比率は最も低い。
  • 「幸せでも不幸でせもない」と感じている人の比率が最も高い。

 

「幸せである」と感じている人が多いから、自殺率が低いのではないのです。

「幸せでも不幸でせもない」状態とは、

その判断機軸をあちこちに動されることなく、

案外のどかな気分でいられる場ともいえるかもしれないのです。

海部町の人たちには、執着心があまり感じられないそうです。

 

「幸せである」と感じるには、何らかの理由があるはずです。

何があっても、内面的に「幸せである」と感じられるのであれば磐石です。

それは、「感謝が溢れる」ことで「いのちが喜んでいる」状態だと思います。

 

しかし、なかなかそうはいきませんよね。

この本に書かれているのは、こういうことです。

 

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現時点では幸せでも、この先、病苦や経済問題のような

思いもかけない困難に遭遇するかどうか、それは誰にもわからない。

かけがえのない大切な人との死別という悲しみもある。

そうした困難な局面で無意識に発動される思考傾向や行動様式が、

日頃の幸福感よりもよほど重要であるとわたしは思っている。

言い換えれば、

「幸せ」であることが必ずしも大切なのではなく、

なんらかの理由により幸せを感じられなくなったときの

対処の仕方こそが肝心なのである。

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これができるのは、弾力性のあるコミュニティがあってこそだと思えます。

予測できない未来に何が起こっても、「幸せを感じて生きる」ことは、

一人の人間にとっては容易なことではありません。

それを支えるのは、人とのつながりであり、コミュニティだと思います。

 

「ここいまタウン」のキーワードの一つは、

予測できない未来の出来事に対しても、

一人ひとりが、人や自然との関係性を失わず、

いまここの刹那を生きることのできる、

弾力的なつながりを持ったコミュニティです。

 

ちょっとわかったようなわからないような表現ですが、

今のところこうしておきましょう。