【学びの散歩道】子どもたちの将来は大丈夫なのだろうか?(1) デジタル・オンライン習慣

私の職場の小学校では、昨日2年生以上の児童の給食が始まり、

今日は保護者会があったりして、多くの子どもたちの参加があり、

1学期が本格的に始動しました。

 

多くの小学校低学年の無邪気な子どもたちを見ていると、

こうやってここに書いて学び続けていることが、

この子たちの将来にどう影響していくのだろうか?

そんな、かなり不安な気持ちになってしまいます。

何冊も読んでいると、危惧されることにたくさん触れることになり、

どうしたらいいものか?と思える今日この頃です。

 

まずは、スマホです。

これまで何度か書いてきました。

【学びの散歩道】スマホの存在と子どもの将来への危惧 - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』 (hatenablog.com)

そして、このブログと同じ東北大学の川島研究室関係の本を読みました。

 

「スマホはどこまで脳を破壊するのか」

(榊浩平著 川島隆太監修 朝日新書)からの引用です。

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追跡調査の結果から、スマホを使えば学力が下がり、

やめれば上がるという因果関係がありことがはっきりした。

 

オンライン習慣というのは、私たちが生きる上で、

大切な機能がたくさんつまっている前頭前野を、

とにかく使わせない生活習慣ということができます。

前頭前野の成長期をともいえる10代までの期間に、

オンライン習慣によって、前頭前野を使わないことで、

脳の発達が止まってしまいます。

言い換えると、脳が本来成長するはずであったところまで成長しきらず、

発達途上の状態で大人となってしまったという見方のできるかもしれません。

 

再三申し上げている通り、脳は使わないとダメになります。

65歳までの成人期に前頭前野を使わないオンライン習慣を続けてしまうと、

次第に脳がむしばまれていきます。

画面上での文字入力が増え、紙に文字を書く習慣がなくなれば、

漢字の書き方を忘れてしまいます。

地図アプリが指し示す矢印に従て歩いてばかりいると、道を忘れてしまいます。

オンライン習慣によって脳をサボらせ続けてしまうと、

脳は使わない機能を必要のないアプリのように

アンインストールしていってしまうのです。

 

同じように、このままオンライン・コミュニケーションの文化が根付き、

対面コミュニケーションと置き換わってしまったとしたら...。

私たちの脳は同期しなくなり、

相手の視線や表情などから気持ちを推し量ったり、

相手の話に共感したりする機能を失い、

「誰かとつながっている」と感じられなくなってしまうかもしれません。

対面コミュニケーションの不足は、孤独感につながり、

うつ病の傾向が高まるなど精神的にも悪影響が出てくることでしょう。

10代までの期間に脳が完全に成長しきれなかった成人期の脳を使わず,

機能が次第に失われて行ってしまった。

そんなオンライン習慣にどっぷりつかった人生を歩んできた人が,

65歳を迎えたとき、果たしてどのような未来が待ち受けているでしょうか?

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養老孟司さんの「都市化」がここまで来たか!

これほどまでに、私たち、そして子どもたちに影響を及ぼしつつあるのか!

そんな思いにさせられます。

 

人間は自然の産物です。

その自然な人間が作り上げた不自然な人工物が、人間をむしばみつつある、

そう思えて仕方がありません。

 

味わい言葉ノート 117 - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』 (hatenablog.com)

この味わい言葉ノートも、その一連で書いています。

本も人工物ですが、アナログです。

文字に親しみ、脳が活性化します。

映像、動画は、アナログとかデジタルとかの方式はさておき、

電子機器を通して自然な人間が他人事して体験するものなのです。

 

私は読書して、よくメモを取ります。

そして思考を巡らせます。

このブログもしかりです。

しかし、映画や動画を見たりした後は、感動はあるかもしれませんが、

よかったなで終わってしまう気がします。

最近、映画や動画は観ないので、勝手な感覚でしかありませんが...。

 

不自然、他人事、うわべを流れていく、そんな言葉が浮かびます。

言い換えると、「身にしみて感じる」「思考が巡る」

ということが失われつつある、そんな気がして仕方がないのです。

 

これから、改めて、子どもたち、

若者たちの現状や将来について考える散歩をしてみようと思います。