今日は、故郷岩国で過ごす2日目です。
こちらへきて強く感じるのは、待ち時間の長さです。
道を渡るとき、幹線道路の場合、ほぼ2分待たされます。
踏切もしかりで、ものすごく遠くに電車がいるときから遮断機が下り、
開くまで散々待たされます。
そして、山陽本線もいわくにバスも、1時間に1本しかないので、
逃したら大変です。
朝起きて朝食を済ませてから、そこそこ時間があるので本を読んだりして、
1時間に1本の電車に合わせて、今日のメインの目的のために出かけました。
岩国から3駅下った駅に降り立つと、
広島から来た妹も同じ電車に乗っていました。
予定通りです、
予約しておいたタクシーで、母のいるグループホームへ到着。
ちょうど10時でした。
面会を予約しておいたのは10時半ですが問題ありません。
逆に、その時間でないと、帰りが大変なのでした。
残念ながら、面会時間は玄関先で20分、
そして、面会する側もされる側もマスクをしなければいけません。
5年半ぶりに会う母は、血色もよく元気でした。
最初は誰が来たのかわかりません。
ときどきは会っている妹のことは覚えていて、名前も出てきます。
私に対しては、もう10年も前に亡くなった父のことを聞かれました。
そして、父の名前が出てきました。
さもありなんです。
母の中での息子は、小さいころ、そして若いころのイメージだからです。
私も父と見間違えられる年になったということです。
妹と会うのも5年半ぶりですが、私は父に似てきたそうです。
えらく耳が遠くなったので、話がうまくかみ合わないこともありますが、
しばらくすると、息子だと認識されました。
妹が会うと、かならず、「お兄ちゃんはどうしとるん?」と聞くそうなので、
息子のことを忘れているはずはありません。
また来ると約束して、10時30分近くにはその場を離れました。
5分後に来るバスを逃すと、1時間も待たなければいけないからです。
2回骨折して入院したので、しっかり立てるのかどうか心配でしたが、
お世話してくれている方によると、大丈夫なようでした。
今日のような感じだと、あと数年は大丈夫そうです。
今回の目的は、母に会うことですが、
市役所で特養のことを聞くためでもありました。
特養はかなり待たされるといわれています。
グループホームでは完全介護はできないので、
トイレやお風呂で自力で立てなくなると、
特養や介護施設に移らないといけません。
母は要介護3です。
まとまった休みが取りづらく、めったに、特に平日に岩国に来れないので、
今回、将来のことも考えておきたくて、
面会だけなら2泊で十分なところを、念のため3泊4日にしたのでした。
バスと電車を乗り継いて岩国に戻り、妹と一緒に市役所に行きました。
地域包括センターの役割を担っているところですが、
そこでは、まとまった話はできませんでした。
個別に特養に当たるか、ケアマネージャーに相談してほしいと言われました。
結局、特養ほかのリストをもらっただけです。
今のグループホームに入る前には、地元の地域包括センターの方に、
かなり親身に相談に乗ってもらったので、ちょっと拍子抜けです。
結果として、その場で、
ケアマネージャーでもあるグループホームの責任者に電話しました。
グループホームで預かれなくなるかもしれない兆候が見られるときには、
あらかじめ連絡してもらえること、状況に応じて、
特養や介護老人保健施設などを紹介してもらえることを確認できました。
それだったら、東京から電話で話しておけばよかったと思った次第です。
特養のリストをもらっても、今の段階ではどうしようもないし、
信頼できるグループホームなので、そこにお任せするほかないと、
この一連の流れの中で、安心することができました。
今のグループホームで、このままずっとお世話になり、
看取りまでしてもらえるのが理想です。
なんとか、年金で費用はカバーできているし、
本当にいいところにお世話になったと感謝、感謝です。
市役所のあとは、妹とランチをして、別れました。
遠くにいるので、お互いの家庭の事情はこれまで話していません。
今回、家族の状況をいろいろと話をすることができました。
すごく大変なことがあったことを聞いて驚きました。
お互い気をもむことはいくつか抱えながらも、
今現在は、何とかうまくやっていけているのでほっとしています。
妹と別れたときはまだ13時前、午後の時間がたっぷり残されていました。
以下は、そのあと散歩したときに出会った花たちです。
これは、PictureThisでは、
ドミナス・ウィンデリと出ますが、ちょっと違う気がします。
なんだか。濃い時間がゆっくり流れている感じです。