【学びの時間】新春の問いを考える⑦ 自己肯定感(Self-esteem) or 自己効力感(Self-efficacy) and 一隅の輝き(Self-shining)

『「気持ちの持ちよう」の脳科学』(毛内拡著 ちくまプリマー新書)

という本を読んで、「一隅の輝きのネットワーク」の続きを書こうと思った。

 

ちくまプリマー新書なので、

高校生にもわかるように書かれているということになっているが、

正直、本の大半を占める専門的なところは理解するのが大変。

細かい脳の生理的・科学的作用がどっちを向いているかは、

私にとってはどっちでもいいことなので、斜め読み程度に読んでいった。

本の最後のほうに、心に関する部分があり、

「一隅の輝き」のネットワークにつながると感じたので引用する。

 

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自己肯定感が高いことが本当にいいことだろうか。

そもそも、自己肯定感は高める、低めるという類のものなのだろうか。

自己肯定感というと、一般的なイメージとしては、

「私はできるぞ、すごい業績を上げているぞ、なんでもできる万能だ」

という気持ちのことだと思われる。

自分の思ったとおりにことがうまく運べば肯定感が増すし、

優越感を得ることになる。

できなければ劣等感につながる。

これは結局、自分と他人を比べることで得られる感覚なのだ。

(中略)

 

疲れてしまう原因は、これまで述べてきたとおり、結局「過去への後悔」と

「未来への過度の期待」によって成り立っているからだろう。

「今ここにある自分」は、結局置き去りにされている。

本来の自己肯定感の定義は、「あるのままの自分を受け入れよう、

それを受け入れよう」ということだったと記憶している。

(中略)

 

それよりも、僕が大事にしているのは、「自己効力感」という感覚だ。

これは、自分が何をしたということが、

しっかり周りに影響を及ぼしている実感のことだ。

もちろん、自分の提案したアイデアが採用された、

賞をとったというのも大事だけど、

ずっとやろうと思っていた皿洗いをやったとか、

ToDoリストが一つ減ったとかでも、目に見える効力感だと思う。

そして、それはなにも他人に肯定される必要はない。

 

これは子育てや教育においても、重要な視点ではないだろうか。

たとえば、いろいろなことを自分でやってしまった方が絶対早く済む。

だけど、それをあえて子どもや後輩にやってもらう。

その結果の良し悪しは問わない。

やってくれたことに対して感謝を伝える。

とても当りまえのことのように思えるけど、

実践するのは難しいかもしれない。

人の心や行動をどうにかしようと思うのは、大変なことだけど、

少なくとも自分の力で制御できるはずのことが、

ちゃんと自分の意図したとおりになるという実感を積み重ねていくのは、

精神衛生上も重要なことだと思う。

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これは単純に、「自己肯定感」よりも「自己効力感」のほうがよい

というものではないと思っている。

著者は、「自己効力感を高める方法」的なことが、

最近世の中でもてはやされていて、

一般的な解釈は、本来の意味と違ってきていると言っている。

 

自己肯定感で検索すると、「日本セルフエスティーム普及協会」という

そのものずばりの団体の定義が出てくる。

自己肯定感とは?自己肯定感とは? - 一般社団法人日本セルフエスティーム普及協会 (self-esteem.or.jp)

 

この中に、こういう言葉がある。

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日々生きている中で、楽しそうに人生を歩んでいる人、

自分の能力が発揮できて仕事で成果を上げている人、

人間関係が良好で自分の望みや夢を次々と実現している人は、

置かれた環境や能力以前に自己肯定感という土台がしっかりしているのです。

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この内容は、著者からすれば、「自己肯定感」ではなく、

「自己効力感」という土台がしっかりしている

と置き換えた方がよさそうだ。

 

一方、自己効力感で検索すると、

いろんな人(団体)がいろんなことを言っている。

それをざっと見る限り、

  • 「自己肯定感」は、できてもできなくても「あるがままを受け入れる」こと。
  • 「自己効力感」は、「自分はできる」と思えること。

なので、この著者の言うことと逆のようにも思える。

「自分はできる」と言うと、

どうしても他者との比較になりがちと思えるからである。

 

いずれにしても、「他者と比較しない」という前提で考えると、

「自己肯定感」も「自己効力感」もどちらも大事だということだ。

 

著者は、さらに大事なことを言っている。

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人間関係を円滑に進める秘訣は、

相手の自己効力感を満たすことなのかもしれない。

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この言葉は、こう続く。

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自己肯定感を軸にすると、自分は優越感を感じる代わりに、

他の人は劣等感を感じてしまうことは避けられない。

それが「気に入らない」とかいった反発やいじめにつながってくる。

「自分はこれができる、だから自分はすごい」

という自己肯定感で終わらずに、

「それは、いつも支えてくれているあなたのおかげですよ」

みたいな感じで感謝を伝えることで、

相手の自己効力感も同時に満たせるように心がければ、

円滑に人間関係を進められるのではないだろうか。

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私は、上記の内容について、

「自己肯定感」を「自己効力感」に置き換えるとすっきりするなと感じている。

だからどうよではなく、

「自己肯定感」でも「自己効力感」のどちらでもいいと私は思う。

なぜなら、自己効力感、自己肯定感を抜きにしても、大事なのは、

「おかげ」「感謝」によって、

「自分」も「相手」も大切にするということだから。

 

こう考えてみよう。

  • あるがままの自分を認め、受け入れ、好きなことできることをやっていくと、自分の「自己肯定感」ないし「自己効力感」が満たされる。
  • 「自己肯定感」「自己効力感」が満たされるということは「一隅で輝く」ということ。
  • 「一隅の輝き」は、周りを照らす。
  • すなわち、周りの人たちの「自己肯定感」「自己効力感」が満たされる。
  • それは、その人も「一隅で輝く」人になるということ。
  • 私の一隅と、他の人の一隅は違う。
  • そこには個性や好きや得意が活き、さまざまな輝きが生まれる。
  • それがネットワークとして、目に見える形として広がっていく。
  • そんな活動が、いろんなところで起こってくる。
  • それらは自分の目に見えないかもしれないが、根底ではつながっている。
  • それらが目に見えてつながってきたとき、大きなうねりが起こる。
  • それが「覚醒のネットワーク」であり「一隅の輝きのネットワーク」でもあるのだ。

 

こんなふうに考えるととっても楽しいね。

自分自身が「一隅の輝き」になっていくね。

ありがとう!

 

写真に意味はありませんが、

リンクしてシェアしたときに、写真があった方が見栄えがいいので、

散歩中に撮った写真を適当に貼っています。