一昨日からこの本を読み始めた。
そして、ビンビンといより、静かにかズンズン響いてくるものがあった。
それは、自分の本名の意味に、改めて気づかせてくれた内容だった。
すぐに、「名前の意味に向き合う」というタイトルで、
自分にとって、とても大事な記録として、ここに書き留めた。
さらに読み進んでいくとと言いたいが、なかなか読み進められない。
なぜかというと、これは本質だなと思えることが、いくつも出てきて、
その場で立ち止まってしまうから。
これはと思ったところを書き留めて、考える。
その連続で、どんどん読み進めることが難しい。
これは図書館で借りて、期限内に返して終り!の本ではないと思ったので、
すぐに、ネットショップe-honで注文した。
e-honで買えない本はアマゾンで買うけど、
私は、注文して最寄りの本屋で受け取り支払うe-honを利用している。
年間に何冊も買わないのだけど、本屋にない本をネット注文できるし、
最寄りの本屋さんにもちょっとだけ貢献できるから。
それはさておき、時々この本のページをめくっては、
プチ哲学してみる時間をつくれば、豊かな時間かなと思う次第である。
そもそも「哲学」とは何か?
よくわからないけど、一言でいうと、
- さまざまな物事の「本質」をとらえる営み
そして、
- 自然や人間社会のモノや現象に直ちに向かうよりも、それらと人間のかかわりあいの探求に向かう営み
ということのようである。
そんなもんかなと思って、ときどきプチ哲学してみることにしよう。
これを書くにあたって、Sol Cafe ページに、
<今日のはてな?> 野生のキツネをじかに見たことがありますか?
を問いかけた。
実は、私には、キツネを見た記憶がない。
- 多摩川の土手の近く、住宅地のそばでタヌキを見た
- 青梅丘陵でニホンカモシカに遭遇し、見つめ合った
- 御岳山でモグラを垣間見た
- 宮島の弥山の山中で、見事なキジに遭遇した
- ドイツでハリネズミを見た
- カナダかアメリカでスカンクを見た
- 新婚旅行のバンクーバーからバンフへの寝台列車の車窓から見たロッキーの熊(これは夢だったかも)
などはあるが、キツネをお見かけしたことはない。
よく考えると、テレビや動物園でよく見ているのでそんな感じはしないが、
私は、ほとんどの野生動物を直に見たことがないのである。
田舎育ちで、野山を虫取りなどで駆け巡っていたけど、
よく山歩きをする大人になってからも含めて、
野生動物を見たという記憶が残っていない。
ここからが本論。
この本の著者の内山節という方は、
群馬県の山村、上野村を訪れてたいそう気に入ったので、
東京と上野村の両方に居を構え、行ったり来たりの生活を送っている。
その著者は、釣りが好きで、各地の山村を釣り歩いて、
村人から多くの話を聞いてきた。
- 熊と遭遇した話
- かつて川を泳いでいた二ホンカワウソの話
- 岐阜の山中ではツチノコの話
- 人間に化けたキツネに騙された話(釣った魚を取られた、帰宅途中に荷物を取られた、....)
かつての山村では、キツネにだまされた話は特別なものではなく、
どちらかといえば、日常のありふれた出来事のひとつだったという。
ところが、1965年ころを境に、どこに行っても、
新しくキツネにだまされたという話が聞けなくなったそうである。
- キツネが人間をだまさなくなったのか?
- 人間がキツネにだまされなくなったのか?
はっきりしていることは、この時期を境にして、
キツネが人間をだます生き物ではなく、
単なる自然の動物になったということである。
キツネが、人間の意識のなかに入ってくる「隣人」から、
動物の一種に過ぎなくなったのである。
以上の話の流れで本質に入るので、以下引用してみる。
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この変化はなぜおこったのか。
しかも、それはキツネだけにかぎられたことではなかったのである。
かつては人々は、さまざまな物語を編みだしながら暮らしていた。
山の神様や水神様、庚申様、といった神と人間との物語、
動物たちと人間との物語、そそり立つ大木もときに物語の主人公であった、
そして村の物語、わが家の物語、祖父母の物語。
実にいろいろなものが物語の主人公になり、語り継がれていた。
この世界が、1965年ころを境にして、急速に消えていくのである。
とすると、この時期に日本の人びとの精神や精神文化に
大きな変化がおきたことにはならないだろうか。
自然と人間や人間と人間が結び合うとき、そこに物語が生まれ、
その物語を媒介の一つにしながら、人間たちが存在していた時代が終わり、
自然も人間も自分にとっては客観的な他者になっていく時代が、
このころからはじまったのだはないだろうか。
「物語」という言葉は、近代的世界では、低い評価しか得られなかった。
科学性や実証性のとぼしい「語り」と思われ、
たとえば歴史学は、物語として語られる歴史が
実証的な歴史研究へと変わっていくのが、
歴史認識の進化だととらえられてきた。
しかし、本当にそうなのだろうか。
物語を生み出す精神文化と、実証的な、あるいは科学的な精神文化とを、
同列にみることのほうが問題ではないのか。
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科学的でない、実証性がないという鋭利な鉈で、
心豊かな人間と自然や動物との目に見えないつながりが断ち切られてしまった、
そう言ってもいいのかもしれない。
前述のように、自分自身も都会の人になってしまった。
それでも、自然のなかに安らぎを感じ、
道端のなにげない小さな命に目を向け、いとおしむ心は持ち続けている。
これは、どんなにAIが進化しても持ちえない、
人間が、その奥底に持っているかけがえのない感情であり情緒なのだ。
先のブログに引用した著者の言う「里」は、物理的な里山ではない。
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「里」とは、村を意味していない。
それは自分が還っていきたい場所、
あるいは自分の存在の確かさがみつけられる場所である。
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自分の人生を振り返ってみても、
日常に追われ、生き急ぎ、あくせくしてきたと感じられる。
そこにあるのは、心豊かな物語ではなく、
人工的で即物的、温かみの薄い現実という幻想だったのではないか。
「里」とは、「物語」が生まれる場所なんだろう。
それは、幻想ではない、求める者たちがつながれば得られるもの、
私はそう思うし、それが肌で感じられるのも事実である。
それを信じて生きていきたい。
人間は、神が特別に創りたもうたものではなく、
自然の恵みから生まれてきた自然のものだから。
もう一つ引用しよう。
『進化する里山資本主義』(藻谷浩介監修 the jaopan times出版)より
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「里山」とは、農山漁村集落の周辺にあって、人が、例えば、
薪や山菜を採りに日常的に立ち入ってきた樹林帯のことだ。
反対語は、人の立ち入らない「奥山」である。
里山では人と自然が多年にわたって共生しながら、
循環再生が継続的に行われてきた。
そのために奥山に比べて、かえって生物多様性が増している
(生息している生物の種類が多い)という。
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人がいる方が、自然が豊かになる!
これはまさに、人が自然由来のものだからという証拠であろう!