【学びの時間】「がん」というものを知る① 数々の「???」

私のあこがれの人 - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』 (hatenablog.com)

最近、私のあこがれの人となった近藤誠先生の著作には、

「がん」とは、そもそもどんなものなのか、

どんな性質があるのかがわかりやすく書かれています。

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いまや、日本人の2人に1人が「がん」にかかるといわれています。

これ、本当ですか?

 

がんは年々増えてきているのでしょうか?

増えているとしたら、なぜ増えているのでしょうか?

がんは、病気なのでしょうか?

痛くて、苦しいものなのでしょうか?

「がん」の早期発見は、意味あることでしょうか?

 

私は「がん」になったことがありません。

だから、病院でどんなことを言われるのか、まったく知りません。

だからこそ、そういう状況になったとき、

医者や病院の言いなりになることは避けたいと思っています。

自分の身体は、自分のものだから、自分の身体に責任を持ちたいです。

 

近藤誠先生は、著書の中でこういわれています。

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私は、医療で一番大切なことは、誰一人として後悔しないし、

後悔させないことだと考えています。

せっかく良かれと思ってつらい治療を受けたのに、

あとで後悔するのでは悲しすぎます。

その場合、後悔したのは、

現状認識や将来予測と治療の結果とが食い違ったためです。

したがって、後悔しないためには、がん治療の現状を正確に知り、

がんの本質を深く洞察することが、必要になるのです。

できることとできないことをはっきりさせて、人に知らせるのも、

科学としての医学の役割でしょう。

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「がんが見つかりました。手術しましょう。抗がん剤治療しましょう。」

と言われて、「はい」お願いしますとは、私には言えません。

がんを敵とみなして、がんと闘う、やっつけるというのはおかしくないですか。

 

私はこれまで、「がん」について何度も書いてきました。

ガンもまた体の知恵① ガンはありふれた病気にすぎない - Sol Cafe 『幸せの栖(すみか)』 (hatenablog.com)

それは、ここにも引用した身近のがんに接したとき、

残念に思うことがあったからです。

 

近藤先生の言葉はつづきます。

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これまで患者は家族が悲痛にあえいできたことについては、

がんと闘うという言葉にも責任があったように思われます。

がんは自分のからだの一部です。

自分のからだと闘うという思想や理念に矛盾はないのでしょうか。

徹底的に闘えば闘うほど、自分の体を痛めつけ、

ほろびへの道をあゆむことにならないでしょうか。

また、逸見政孝さんのようすからも示唆されるように、

患者が闘っていると思う相手は、がんではなく、

じつは手術の合併症、後遺症や抗がん剤の副作用と闘っているだけ、

という可能性はないでしょうか。

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また、こうも言われています。

「人間のからだは、医学とは無縁のままに進化してきたので、

手術、抗がん剤、放射線等で治療されることには慣れていない。

そのために、合併症や後遺症が生じるのである。」

 

その「がん」ですが、私たちは、何も知らないのに、

根拠のない思い込みをしていないでしょうか?

医師の言うことは「正しい」と思って間違いないですか?

 

たまたまいま読んでいた妹尾昌俊著

『学校をおもしろくする思考法 - 卓越した企業の失敗と成功に学ぶ』

にこんなことが書かれていました。

  • アメリカでは、毎年44,000人から98,000人が、回避可能な医療過誤によって死亡しているという。ハーバード大学のルシアン・リーブ教授が行った包括的調査では、さらにその数が増える。アメリカ国内だけで、毎年100万人が医療過誤による健康被害を受け、12万人が死亡しているというのだ。
  • 2005年、英監査局は、年間34,000人の患者がヒューマンエラーによって死亡していると発表した。

 

つづく