生きがいとは③

「はたらく」とは、結局、

身体を動かすことではないかと思います。

手も足も頭も、からだ全体を動かすことだと思います。

 

そもそも、「働く」という字は、

「人が動く」と書きますよね。

 

60兆、70兆、最近は37兆ともいわれますが、

私たちは、これだけの細胞すべてが機能し、

新陳代謝して生きています。

 

もともと自然の中で人間が生きるということは、

その細胞すべてを活用して生きていくこと、

だったんですね。

 

 雑用は なぜ雑用と 言われるか
   それがなくして 生きるすべなし


「雑用」と一口に言いますが、意味は、

いろいろのこまごまとした用事。

言ってみれば、本来人間は、

”雑用することが生きる”

ということだったと思います。

 

いろいろのこまごまとした用事とは、

食べていくことなんですね。

 

植物は動きませんが、根から水分や栄養分を吸い、

葉では光合成をして、すなわちずっと食べて生きています。

 

野生の動物を見ているとわかりますが、

草食系は、常に食べています。

肉食系は、獲物を得るために必死です。

人間もそうなんですね。

 

 今日も雨 雑用こそが 人のため
   傘差す道も これまた楽し

 

また「雑用」は、人のためにやることなんですね。

「雑用」ですぐに思い浮かぶのは、「家事」ですが、

それは、家族のためにやることです。

一人ならば、手抜きできますが、

家族がいると、それそのものが生活なんです。

だからこそ、面倒ではありますが、

やってみると楽しいんです。

 

働くとは、「労働」。

人が働くことで、「労わる」わけです。

「労わる」とは、「思いやる」そして「ねぎらう」ことです。

 

ここまで書いて、「労働」を調べてみると

こう書かれていました。

 

人間と自然との関係にかかわる過程。

すなわち、人間が、自ら自身の行為によって、

自然との関係を統制し、価値ある対象を形成する過程が、

労働である。

労働(ろうどう)とは - コトバンク

 

それからすると、

パソコン仕事は、体の一部しか動かしていません。

主に、頭脳です。

たとえば、お金を右から左に動かす仕事です。

このとき、人間の身体のほとんどの細胞は、

ただ漫然と、生命を維持する働きしかしていない、

そんな気がします。

 

昔は労働が、物理的に食べることにつながっていました。

貨幣経済になって、労働が、自然から離れ、

食べることから離れてきてしまっている。

そう思えるのです。

 

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写真は、昨日、約1時間かけて乗っていった自転車です。

学童保育では、いくつかの学校や、市内の施設に行く用事がありますが、

歩くとけっこう遠いんです。

だから、中古の自転車があったらいいかなということでした。

しかし、お金がありません。

 

たまたま、うちにもう使わなくなった古い自転車があり、

一応乗れるので、お譲りしますということで、

やっと晴れた昨日、乗っていったのでした。

 

これを雑用というのかどうかわかりませんが、

ほかで役に立つものを自分は持っているとすれば、

労力は惜しまないでやる、それが楽しい、

そういうことなんだなと思います。

 

私は、最近、けっこう家事もやるようになってきました。

やっていると生活するスペースが心地よくなり、

またそれが楽しいわけです。

 

私の場合は、ねばならないの家事ではなく、

ある意味、道楽の家事なので、

お気楽なことが言えるのだと思いますが、

そういうことが、本来の労働だと思うわけです。